第22話 てぇんさぁい高校生画家の一面
秀吾来襲を経て、心機一転というか、前向きに中楚と接することにした俺は今日も美術準備室へ向かう。まぁ、今日も禄でもない計画や作戦を立てて待っているのだろうけど、放課後の戯れとして受け入れるとしよう。
「びえーん! 終わらないよぉ!」
しかし、準備室内で俺を待ち受けていたのは長い髪をぼさぼさにして泣いている中楚だった。
「な、なんだ? 今日は泣き落としか……?」
「違う! プリントが終わらないのよ!」
「プリントって……あれか。授業出てない分の」
「説明してないのに理解が早いわね! じゃあ、とりあえず全裸になって貰っていい!?」
「なんでだよ!? 全然文脈がわからないぞ!?」
まさか計画や作戦すらないとは思わなかった。中楚も慣れてきて雑になっているのかもしれない。
「全裸を見たらプリントやるモチベーション上がるかもしれないし……」
「中楚……最近裸夫を描くよりも全裸を見る方に目的がシフトしてないか?」
「そ、そんなことないわよ。全裸を見れば最終的に裸夫を描けるわけだから過程や方法どうでもいいじゃない」
「どうでもよくないわ。それにプリントってそんな難しいものなのか?」
「そこまで言うなら見てみなさいよ!」
中楚は机の上にあったプリントを乱暴に見せつける。教科は数学のようで、出題されているのは俺のクラスが二週間ほど前にやった範囲だった。
見た感じだと授業代わりだからという理由で特別難しくされている風ではない。
「まぁ、教科書の例題見たら解けると思うぞ。がんばれ」
「えー……あっ、そうだ!」
「絶対よくないこと思い付いただろ」
「まぁ、聞いてよ。まずテルクニが服を脱ぐじゃない?」
「もう駄目そうだけど、一応最後まで聞こう」
「それで見えちゃいけない箇所とか際どい部分とかに問題文が書かれた付箋を張り付けて、嫌でも目に入るように……」
「それ、普通は英単語とかでやるやつでは?」
俺が思わずそう言うと、中楚はニタリと笑う。
「知ってるんだ」
「……ううん。知らない」
知らないけど、先ほどの俺の発言は間違っている。英単語に限らず普通はやることではなかった。
「それはともかく、プリントやるようなら邪魔そうだし、帰るわ」
「待って! アタシを一人にしないで! このままだと一生終わらなさそうだから!」
「二人いたところで中楚がやらないと意味ないだろ」
「それはそうなんだけど……」
先ほどからの中楚との会話は内容的にはいつも通りだけど、何となく歯切れが悪い。今日は全裸を見る……もとい裸夫を描くための準備もしていない。そこから導き出される答えは――
「もしかして……中楚って勉強苦手?」
「はぁ!? 清楚でてぇんさぁい高校生のアタシが勉強できないわけないでしょ!?!?」
中楚はこの数週間で聞いた中で一番大きな声で言う。
「本当に?」
「普段のアタシの立ち振る舞いや語彙力を見聞きしてたらわかるくない?」
「……ごめん。普段の中楚のこと、どっちかというと馬鹿寄りだと思ってた」
「なんですって!? バカって言った方がバカなんですけど! バーカ、バーカ!」
よほど補講のプリントに疲弊しているのか、今日は精神的に幼くなっているように見える。これが秀吾の言うところの変なテンションの時の俺なのかもしれない……いや、さすがにここまでひどくはないはずだ。きっと。
「バーカ! 童貞! チェリーボーイ!」
「関係ない罵倒するな! 勝手なこと言って……」
「え。テルクニって、やっぱり裏ではチャラチャラ遊びまわってるの……?」
「やっぱりじゃないわ。なんで考え方がそう極端なんだ」
「それで、実際はどうなの?」
「……ノーコメントで」
「別に恥ずかしがることないわよ。この時期ならまだでも仕方ない。うんうん」
「何勝手に納得してんだ!? ノーコメントだって言ってるだろ!?!?」
プリントの話をしていたはずなのにどうして俺は辱めを受けているのだろうか。これだから毎回変な疲労が貯まってしまうんじゃないか。
「もういいから早いとこプリント終わらせてくれ……別に帰ったりしないから」
「よし! そうと決まれば……まずはモチベーションを回復させるところからね」
「やる気出たわけじゃないんだ……」
「あっ、そうだ。今度は普通に名案を思い付いたわ」
俺が反応を返す前に、中楚は立ち上がって何やら準備を始める。それはこの本来ないこの準備室に相応しい画用紙とスタンドだった。でも、最初の頃に見て以来長らく出番がなかった気がする。
「何するんだ? 確かに裸夫を描く目的を忘れてるとは言ったが、俺は脱がないぞ」
「別に脱がなくていいわよ。気分転換に普通の絵を描きたいからテルクニがモデルになってくれない?」
「普通の絵」
「うわ。めっちゃ疑ってる。ひどい。悲しい」
「わ、悪かったよ。まさか普通に描くためのモデルになるとは……」
「そんなしっかりした絵じゃなくて落書きだから2・3分ほど立って貰うだけで済むと思う。まぁ……嫌なら別の何か使うけど」
中楚は俺のことを少し責めるように言う。日頃の行いと言いたいところだが、ここで断ってプリントが進められないと困るので、俺は素直にスタンドから少し離れた位置に立つ。
「気を付けの姿勢をキープして……そう、そのまま。表情はちょっとはにかむ感じで」
そう指示をした後、中楚は顎に手を当てながら暫く俺の姿を観察する。それから鉛筆を手に取ると、時々俺を見ながら描き始めた。
本当におかしな話だが、美術部で高校生画家として活躍している(らしい)中楚が絵を描く姿を見るのはこれが初めてだった。今モデルを引き受けたのも中楚がどんな風に絵を描くのか、気になっていたところもある。
そして、実際その姿を見ると……口にしたら絶対に文句を言われる感想だが、普段と全く違っていた。
俺が初めて準備室で中楚を見た時に抱いた印象や中楚が自称する清楚という言葉がこの時ばかりは間違っていないと言っていいほどに。
つまり、黙っていれば先ほどまで俺と話していた中楚のキャラは思い浮かばないということだ。
ただ、それはあくまで見た目から感じる話で、画用紙と向き合う中楚の表情や雰囲気は真剣であり、それでいて楽しそうでもあった。
学校という環境で色々あった中でも絵を描くことが好きだと言っていたのは、俺が想像していたよりも中楚にとって大きな存在だったのかもしれない。
「……できた! どう? ちゃんと量産型主人公みたいにできてる?」
宣言通り、3分ほど経った頃に中楚の絵は完成する。ラフ(書き間違いではない)画ではあるけど、鉛筆ながらしっかりと特徴……といった特徴がない俺の全体像が描かれていた。
俺はまるで芸術がわからない人間だから単に上手いという感想しか出せないけど、それ以上にこの短い時間でそんなしっかり出来上がったことに驚く。
「テルクニ? え、えっと……何か間違ってたりする? さすがに黒子の位置とかまでは……」
「い、いや。普通に上手いと思ってた」
「そう? まぁ、アタシはてぇんさぁい高校生画家だからね」
「……そっちは間違いじゃないのかもな」
「それだと勉強できないのが間違いみたいに聞こえるんですけど」
「実際できてないからこんな横道に逸れてるんだろ。ちゃんと気分転換になったか?」
「うん。それでその……これはテルクニにあげます」
完成したばかりの絵を中楚はなぜか目を逸らしながら差し出してくる。
「えっ? いいのか?」
「この絵じゃ全然価値が付かないとは思うけど、良かったらテッシュが無くて困った時にでも使って」
「なんでその用途なんだ。でも、ありがとう。自分の絵だから飾るかはわからないけど、ちゃんと保存するよ」
「そこまでしなくていいわよ。その代わり……プリントのわからないところ、教えてくれると嬉しい……かも。ちゃんと自分で解くから」
そう言われてようやく俺は気付いた。中楚は最初からそのつもりで俺を引き留めていたけど、中々言い出せなかったことに。
回りくどいとは思ってしまうけど、中楚なりにがんばって伝えようとしてくれていたのかもしれない。
「それならいいよ。だけど、中楚」
「な、何?」
「今度からは普通に教えて言ってくれればいいよ。報酬やお返しとかはいらないから」
「えー……それじゃあ、つまらなくない?」
「いいからプリント終わらせるぞ」
俺がそう言うと、中楚は嬉しそうに頷いた。
俺だけが前向きになったところで何か変わるとは思ってなかったけど、中楚も少しだけ普通に接してくれるなら今度は遠回りせずに本題に入れそうな気がする。
それがいつになるかはわからないが……まぁ、焦ることもない。どうせ中楚とはそこそこの付き合いになってしまうのだから。
その後、中楚に解き方を教えていくことになったが……
「……全然わからん!」
「本当によく進級できたな……」
馬鹿と天才は紙一重であることを体験することになった。
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