第14話 青・春・一・憂
「良かったら……一緒に回りませんか!」
文化祭は学生生活における大きなイベントの一つだ。部活動で展示や模擬店を開いたり、実行委員として運営に携わったり、友人と見て回ったりと色々な楽しみ方ができる。
もちろん、気になるあの子と距離を近づけるためのきっかけにすることもあるのだろう。
でも、文化祭が全ての学生や来訪する人が楽しめるイベントかと言われたら……そうもいかないこともある。
「悪い。今日はツレと一緒に回る予定なんだ」
そう、こうやって空気の読めない野郎に断られた女子はこの後どうやって文化祭を楽しめばいいんだ。
時は準備日を経た後の土曜日。わが高校の文化祭は2daysで開催されることになっているが、その初日の朝からいきなり恋愛ゲーム的イベントが起こって、更には断る選択肢を選ぶ奴を目の当たりするとは思ってなかった。
「秀吾。俺のことは別にいいよ。お前はその子と……」
「ああ、なるほど。3人で回ってもいいらしいからキミも一緒に来るか?」
「違うわ!!! どうしたら今の流れで俺が同伴することになるんだよ!?」
「あ、あの3人はちょっと……ごめんなさい!」
秀吾に声をかけた女の子はそう言い残して去ってしまった。いや、俺もあの発言の後に3人で回るのはあり得ないとは思うけど、そんな露骨に嫌そうな感じで逃げられると結構傷つく。
「一緒に回りたいなら前もって言っておくべきだと思うんだが……」
「わかってないなぁ! 文化祭当日にドキドキしながら誘うからいいんじゃないか。誘われる方も「俺のことをそんなに……!」ってサプライズになるし」
「よくわからんな。さっきの子のことをオレがよく知らないのもあるが」
秀吾はすっとぼけたような顔で……違う、これは本当に知らない顔だ。
秀吾は俺と同じく帰宅部で、だからこそ今日も文化祭を回るだけ組になっているけど、その帰宅部男が知らないうちにモテるってどういうことなのか。普通は出会うタイミングなんてないだろうに。
やっぱりあれか。こういう不良っぽい男子がちょっといい事してる場面をたまたま見かけたのか?
「オレは不良じゃないぞ」
「またお前はそうやって俺の地の文を読んで……エッチ、スケベ、変態!」
「いや、輝邦がこういう場面で俺のことを睨み付けるように見る時は大概見た目の話でモテるだなんだと言うだろう」
「そ、そこまで俺のことわかってるなんて……きゅん!」
「……今から見て回るんだからそのテンションはやめてくれ」
秀吾はこの一瞬のやり取りだけでかなり疲れた感じになった。俺も秀吾もよく知らぬ女の子よ。敵は取っておいたぞ。喜んでくれるとは思ってないけど。
「さて、秀吾の日常茶飯事が終わったところで、回って行きますかぁ。今年はメイド喫茶(女子限定)とか男装執事カフェ(男装の意味的にも女子限定)とかやってないの?」
「それよりも行くべきところがあるだろう」
「えっ。ま、まさか……バニー喫茶!?」
「あるわけないだろ。美術部はどうした」
そう指摘されて俺は素で忘れていたことに気付く。そういえば現在の俺は秀吾からしたら美術部へ何らかの手伝いをしに行ってる人なんだった。
「行くに決まってるじゃん。涼花ちゃんがいるならどんな模擬店よりも魅力的だぜ」
秀吾に何かツッコまれる前に俺は美術部の展示スペースへ移動していく。話に聞いていた通り、展示は2階の空き教室でやっていて、他の教室にも文化部の展示がいくつか入っていた。
「あっ、三雲クン! 来てくれたんだねっ!」
そして、入口を通ると受付には今日も可愛い笑顔の涼花ちゃんが待っていた。いやはや、こんなに喜んで貰えるのは俺くらいじゃないかと自惚れてしまう。
「うん! 真っ先に来ようと思ってたからね!」
「どの口が言う」
「尾通クンもありがとう。ゆっくり見て回ってねっ。良かったら私の作品も」
「もちろん! 目に焼き付けるよ!」
隣から呆れたようなため息が聞こえてくるが関係ない。というか、美術部に来ることは全く忘れていたわけじゃなくて、普通に回る流れで来る予定だった。本当に。
何気に涼花ちゃんの描いた作品を見るのも楽しみだし、他の部員の皆様も……と思ったその時だった。
「輝邦? これが捻木さんの作品……じゃないな。中楚、清莉奈って知り合いか?」
「いや……」
「違うのか。でも、こういう感じの絵は……抽象画って言うのかな。引き止められる迫力がある気がする」
秀吾は感心しながら中楚の絵をじっくり見始める。一方の俺も同じように見ているのだが、その絵から抱く感想は全く違うものだった。
真っ暗な背景をベースに無数の寒色系の三角形がちりばめられて、それらの配列がまるで心電図の波長のように波打っているように見える絵。秀吾の言う通り特定のモチーフがない世界を描いているのだろう。
ただ、俺が単にそれを上手い絵だと認識できなかったのは……普段の中楚のキャラと違い過ぎるせいだ。確かにジャンルを問わず描くとは聞いていたが、裸夫が描きたいと言うような奴が描くのだからもっと明るくポジティブな世界観が中楚の作風なのだと勝手に思い込んでいた。
そして、その絵の雰囲気の暗さが何だか心を不安にさせてくる。それが中楚が意図していることなら俺はまんまと術中にハマっているが、恐らく俺の不安はそれだけじゃない。
俺は展示室内をざっと見回す。涼花ちゃんを含めていつも見かける美術部員は数人いる。今いない部員は恐らく見て回って後で交代するのだと思う。だけど、中楚は……その中の一人だろうか。
「……秀吾。ちょっと一人で見て回っててくれないか?」
「え? どこ行くんだ?」
「涼花ちゃんにもう一回声かけてくるの!」
俺はそう言いながら本当に受付の涼花ちゃんのところへ戻る。もちろん、ナンパしに行ったわけじゃない。
「あれ? 三雲クン、もう見終わったの?」
「いや、違うんだ。その……今日は中楚さんは来てるの? 今ここにはいないみたいだけど」
「清莉奈ちゃんは……来てないの」
「それは今日だけの話? 明日は……」
「明日も来ない……と思う」
そう言った涼花ちゃんは少しだけ下を向いてしまった。その時点でこの話題は聞いてはいけないことだったことがわかる。つい自分の不安を解決することを優先してしまった。
「……ごめん。急に変なこと聞いちゃって」
「ううん、全然変じゃないよ。清莉奈ちゃんのこと心配してくれてありがとう」
それでも涼花ちゃんは俺を気遣うように笑いかけてくれた。
俺は何をやっているんだ。中楚の絵を見て勝手に不安を煽られて、涼花ちゃんを巻き込んで……そのくせ心の中はまだ燻っている。
まさか俺まで文化祭を素直に楽しめない気持ちになるなんて思ってもみなかった。
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