第13話 縮こまる朝

「失礼します。えっと……」

「どうしたんだ? こんな朝早くから」

「おはようございます。今、榎沢先生はいらっしゃいますか?」

「榎沢先生は……さっきまでいたんだが今はいないな。ここにいないということはたぶん美術室にいると思うが……」


 職員室へ入ってきょろきょろしている俺に声をかけてくれた先生はそう言う。

 

 昨日、美術準備室へ忘れてしまった水筒を回収するために俺は少しだけ早く学校へ来ていた。どうせ放課後にも行くことになるのだが、さすがに1日放置するのはカビの原因になりそうなので早めに回収しようと思ったのだ。


 そして、恐らく朝から美術室は開いていないから榎沢先生へ会おうと思っていたけど、既に美術室にいるなら都合がいい。さっきの先生が美術室の鍵がないのも確認してくれたので、俺はその足で美術室へ向かう。


(美術部は朝練ないだろうから授業の準備でもしてるのかな)


 そんなことを考えながら美術室に着いた俺は一応扉をノックする。初めて来た時から未だにノック止めないのは放課後この場所が女子だらけの空間になっているからだ。

 そのノックに対する返事はなかったけど、俺は扉を開けて中へ入った。鍵がかかっていないなら榎沢先生がどこかにいるはずだが、室内を見渡したところ人影はない。


(じゃあ、準備室の方か)


 俺はその状況を特に疑問を抱かず、今度は美術準備室の扉をノックする。こっちは危険が待ち受け得いる可能性があるという理由で毎回ノックしているけど、さすがに朝の俺は気が抜けていた。


「はーい」


 だから、この返事もてっきり榎沢先生だと思っていたのだ。


「エノサワ先生、何か用……えっ」

「榎沢先生、準備室に忘れ物を……えっ」


 準備室から出てきた中楚とほぼ同時に喋って、お互いの姿を見て硬直する。


「て、テルクニ!? なんでこんな時間帯に……あれ? もしかしてもう放課後? 時の流れ加速した?」

「してないわ。まだ朝のホームルームすら終わってないぞ」

「じゃあ、こんなに朝早くから来たのは……ま、まさか!」

「まさか?」

「朝なら全裸になってくれるってこと!?」

「違うわ! どんな理屈だよ!」


 朝なので微妙に声が出ていないのが自分でわかる。対する中楚も朝だからか放課後ほどの勢いはないが、思考回路は変わっていなかった。


「そうよね。全裸になりたくなるのは夜の時間だからむしろ放課後の方が近い……いや、夜の時間が終わった後に全裸でそのまま寝るのは定番だから朝も全裸のままなのでは……?」

「まだ頭が回ってないからよくわからん話をしているのか、真剣に言っているのか全然わからん」

「まぁ、今のアタシが完全体じゃないのは確かね。それで? 本当の用事は何?」


 中楚は急に切り替えて尋ねてくる。それ以上にツッコみたいところはあるけど、俺の主目的はこっちなので中楚の横をすり抜けながら準備室へ入る。水筒は床にポツンと置かれていた。


「昨日これを忘れたから取りに来たんだ」

「なぁんだ、それだけかぁ。それならついでに朝裸夫やっていかない? ホームルームまでには終わらせるから」

「朝活みたいな感じで言うな。このクソ寒いのに朝から脱げるかよ」

「確かに寒いと縮こまるって聞くからあんまり良くないかも……今も縮こまってる?」

「……何の話かわからないからノーコメント」

「ちなみにアタシは……」

「何の話かわからないけど言わなくていい!!!」


 マジでどこの話をしているんだ。えっ? もしかしてそういうものなの? 俺が知らないだけで……って朝からこいつのペースに巻き込まれるとヤバい。これからまだ授業を受けなきゃいけないというのに。


「つまり全裸になるためには蒸し暑くも寒くもないぬるま湯くらいの温度がいいってことね。OK、オーケー。とても参考になったわ」

「勝手に納得しないでくれ……まぁ、用は済んだから教室行くわ。中楚は……」


 俺はそう言いかけるけど、言葉が続かなかった。そう、ずっと中楚の勢いで誤魔化されているけど、この状況も違和感しかない。


「……アタシが?」

「……明日はここに来なくてもいいよな? 文化祭の準備日だし、美術部は忙しいだろうから」

「う、うん。そうね」

「そもそも俺は帰宅部だから明日学校行くのもどうしようかと悩んでるだ。クラスの模擬店も基本は実行委員がやるから去年もぶらぶらする日になっちゃったし」

「…………」

「まぁ、そういう感じ。また放課後」

「えっ?」

「今日は来てもいいんだろ? いや、来なくていいなら帰るけど」


 俺がそう言うと、中楚は長い髪を全力で揺らしながら首を横に振った。こういう時の素直な反応は悪くない。上から目線になってしまうけど、中楚は口さえ開かなければ俺も認めざるを得ない美少女なのだから。


 でも、そんな美少女への違和感は更に深まるばかりだった。

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