第12話 休符・憩いの妹
中楚に帰宅許可を貰って学校を出てから15分後。俺は憩いの我が家へ到着する。距離的には徒歩で行ける範囲だからそこに関しては疲れることはないが、最近は別の意味で疲れて帰ることが多い。
「……兄さん、お帰り」
そんな我が家に入ると、妹の
俺はそのまま居間の方へ行くと、暁葉はソファーの上で小さく丸まって座りながらテレビを見ていた。時刻はちょうど17時過ぎと一般的な高校生なら普通の帰宅時間だが、数週間前までは帰宅部だった俺からすると結構遅い帰りになる。
「ただいま、暁葉。今日は特に何もなかった?」
「……うん。ポストに来た郵便屋さんの配達物は中に入れておいた。それと……父さんは残業で、母さんは買い物してから帰るって」
「ありがとう。じゃあ、先に洗いものとか……あれ?」
「……どうしたの?」
俺は鞄からお弁当箱と水筒を取り出そうとしたけど、水筒の方がどこにも見当たらない。忘れるような大きさの物ではないはずだが……
「あっ」
いいや、忘れた場所を思い出した。最近は美術室でも水筒を取り出すことがあって、今日も何回か飲んだけど、その後に中楚が脱ぎそうになってあれこれしている間にそのまま置き忘れてしまったようだ。
「まぁ、そんなに困るものでもないからいいか。今から取りに行くのも面倒くさいし」
「……忘れ物?」
「ああ。ちょっといつもと違うことしてたら変なところに置き忘れちゃったんだ」
「……兄さん。ここ数週間ずっと帰りが遅いけど……それがいつもと違うこと?」
暁葉は少し心配そうな雰囲気でそう言う。いつか聞かれると思っていたが、暁葉にはどう言い訳するべきだろうか。もちろん、俺が裸夫のモデルにならないために連日戦い続けているだなんて言ったら絶対に引かれてしまうだろうから真実は隠さなければならない。
そう思って最もらしい理由を考え始める俺だったが、その前に暁葉はゆっくりと口を開く。
「……最近の兄さん……女の人の匂いがする」
そうそう、うちの妹は普段からこういう感じのキャラで……いやいやいやいや、待て待て! そんな嫉妬深い彼女みたいなセリフを暁葉の口から聞くのは初めてだぞ!?
「き、聞き間違いかな? 暁葉、匂いって……」
「……帰りが遅くなるまではなかった。女子の匂い」
しかもめちゃくちゃ具体的に嗅ぎ分けている。この場合の匂いって言うのはスメルの方を指すのか、それとも雰囲気の方なのかわからないが……どちらにせよ俺には心当たりしかない。
「そ、それはクラスにも女子はいるから多少は香りが付くこともあるのかもしれないけど……」
「違う。その匂いはずっと同じ人。でも……今日は違う二人」
俺はそれ以上の言い訳ができなくなる。中楚の香りについては割と長時間いるからまぁわからんでもないが、今日は涼花ちゃんとも近くにいる時間が長くて、それを識別されてしまっている。
それで……俺は今からどうされるの? 我が家が憩いの場所だと思うのは普段なら可愛い妹が待っている意味が含まれているのだけど、急にこんなことになるなんて思わなかなった。
「……兄さん」
「は、はい!?」
俺が余計なことを考えているうちに、暁葉は俺の背後にいた。
ど、どうすればいいんだ!? 一つ言えるとすれば、俺は暁葉を怒らせるような悪いことは何もしてない。ただ、裸夫を描かせろと言う同級生の女子と脱ぐか脱がれるかの日々を送って……やっぱり悪いことかもしれん。
すると、暁葉は更に俺の方に近づきながらゆっくり口を開く。
「……私、すごい?」
「ち、違うんだ、暁葉! これは決してやましい何かが……えっ?」
「……に、兄さんのことならすぐわかるから」
暁葉の目は隠れてよく見えないのに、その上で顔を逸らしながらそう言う。たぶん、照れているんだろう。
そう、改めて紹介させて貰おう。うちの妹はこんな感じで兄さんである俺に信頼を置いてくれるスーパー可愛い存在なのだ。一歩間違ったら俺に対して何か起こすなんて絶対にあり得ない……あり得ないはず。
「す、すごいぞ、暁葉! さすが俺の妹だ」
「……えへへ。これからも兄さんに知らない女の人の匂いがないかどうか、判別できるようにがんばるね」
「う、うん。ちなみに暁葉が言っている匂いとやらは俺が色々手伝っているところにいる女子のやつだと思うから何も心配しなくても――」
「わかってる。兄さんは……そういうところは大丈夫だから」
そんな信頼たっぷりの言葉を言って貰えると俺も嬉し……うん? 今の言い方は別に信頼うんぬんじゃない気がする。どちらかといえば呆れられている風にも取れた。
「それにしても暁葉にそんな才能があったとはなぁ」
「……才能なんてない。私は量産型主人公系男子の兄を持つ3つ下の普通の妹だから」
「暁葉、その量産型なんとかって褒めてるのか? それとその単語どこかで流行ってるの?」
「……褒めたつもりだった。量産型なのはいいことだから……ご、ごめんなさい。兄さんが気に入らなかったのなら私が全面的に悪いから……」
「そ、そんなことはないぞ! 暁葉が考えてくれたなら俺はすごく嬉しい」
「……えへへ」
暁葉の笑顔に俺は癒される……はずだったが、今日に限って言えばちょっとだけ、ほんのちょっとだけ怖さも感じた。
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