第15話 知りたいことはhypnosisで
文化祭が終わって振替休日を挟んだ後の平日。俺はその放課後に慣れに慣れてしまった美術準備室へ向かう。
ただ、今日はいつも思う面倒くさいだとか、何をやらされるのだろうかとかそういう気持ちはなかった。
俺が今まで中楚に対する疑問を口に出さなかったのは、こいつとの関係が長く続くと思ってなかったからだ。飽きられるようになるならこいつのことを深く知ろうとする必要はない。
しかし、先日の文化祭の件でそうはいかなくなった。なぜ部活動中に美術室ではなく美術準備室にいるのか。なぜ先日は朝から美術準備室にいたのか。なぜ文化祭へ来ていなかったのか。
涼花ちゃんを少しだけ悲しませてしまった負い目もあって俺はとうとうそれらの答えを中楚へ聞く決意をしていた。
そして、涼花ちゃんスマイルと美術部員たちの生暖かい目に見送られながら準備室へ入ると……
「……薄暗っ!?」
室内には全く光が差し込んでいなかった。準備室は元々明るい部屋ではなかったが、今日は電気が付いておらず、カーテンが閉められた上にどこから持ってきたかわからない暗幕が張られていた。
「来ましたね、テルクニ」
そして、唯一スマホの明かりで照らされているところには椅子に座った中楚がいた。その顔周りにはヴェールのようなものを身に着けている。
「えっと……何この状況?」
「今日の作戦のために雰囲気を出してみたのです……」
「なんで口調まで変わってるんだよ」
「……スピリチュアルです」
……これが俺に不安を抱かさせた絵を描いたヤツなのか。いや、この暗い雰囲気とは合致しているような気もするけど、そういう意味の暗さじゃなかったはずだ。
それに俺が思っている以上に中楚がいつも通りなことに驚いている。あの絵から感じた不安は俺の杞憂だったのか? そもそも何で俺がこいつの心配をしているんだ? だんだんと聞くつもりだった決意が薄まっていく。
しかし、そんな俺の事情は知らないであろう中楚はいつも通りに俺を脱がせる作戦を言い出す。いつも通りとは言いたくないけど。
「今日考えてきた”第11回テルクニをすっぽんぽんにする大作戦”は……」
「そんな題目付いてるの初耳だぞ」
「やっぱりフ〇チンの方がいい?」
「題目のそのものが嫌なんだよ。あと、伏せるなら後半の方にしろ」
「もー、わがままフェアリーなんだから。それはともかく、今日の作戦は……催眠よ!」
「……は?」
「催眠術でテルクニを脱がせる!」
中楚はサムズアップと共に爽やかに言ってのける。ナチュラルに最低なこと言ってるんだが。
「今までで一番ひどい作戦だ……」
「何がひどいの? 催眠は医療にも使われる正式かつ立派なもので、テルクニが思っているような意味で使うものじゃないのに」
「俺が思ってるのが何か知ってる風に言うな。催眠療法とかあるのは知ってるけど、今言ってるのは確実にそっちの話じゃないだろう。脱がせるって言ってるし」
「まぁまぁ。かかってみれば気持ちいいものだから」
何のフォローにもなってない言い訳をしながら中楚はポケットから紐で繋がれた五円玉を取り出す。催眠でお馴染み……かどうかはわからないけど、振り子というやつだ。
「めちゃくちゃ古典的な催眠術だな……」
「そりゃあ、アタシだってある日突然スマホに謎のアプリが入って、そのアプリの画面を見せると暗示をかけられる最先端を行きたかったけど、現実はそう上手くはいかないから」
「そんなまるでエ…………」
「テルクニ、今なんで止めたの? 具体的な例えを出そうとしていたんだから最後まで言い切って」
「……エそらごとみたいなことあるわけないだろ」
「ちぇー」
中楚はつまらなさそうにしながら電気を付けに行く。雰囲気作りはこの話題に持っていきたかったからだったようだ。相変わらず無駄に手が込んでいる。
「でも、この雰囲気とその恰好は催眠術師っていうよりは占い師に見えるような……?」
「占い師も催眠術師も怪しさでは似たようなものでしょ?」
「両者に謝れ」
「もう、細かいことはいいの!」
俺は今からこんなふんわりとした知識しかないヤツに催眠をかけられようとしているのか。そう思っている俺の前に中楚は戻ってきて向かい合って座るように促す。
「いいですか、ミクモテルクニさん。貴方に今から催眠をかけます。アタシの声に耳を傾けながらこの振り子の動き目で追いかけてください」
「はぁ……」
「決して振り子を見るふりをしてその後ろにあるアタシの胸を凝視しないでください。スケベな妄想もしてはいけません」
「……余計なこと言うな」
「え!? それはつまりそういうこと言われちゃったら否が応でもアタシの胸でスケベな妄想しちゃうってこと!?」
「全部お前が勝手に言ってるだけだろうが!?」
「テルクニ、今日一大きな声出てる」
中楚の指摘に俺は首を激しく横に振る。そうか、今のは視線誘導させて催眠にかかりやすくする準備だったんだな。なかなかやるじゃないか。俺は絶対見ないけど。
「まずは初級編からいきましょう。貴方はだんだん眠くなる、眠くなる、眠くなーる」
やるかどうか聞かずに中楚は振り子を振り始めるので、俺は一回だけ付きやってやることにする。催眠なんてテレビに出るプロっぽい人ですらかけられないこともあるのに、素人の中楚にできるわけがない。
ただ、一定のリズムで揺れる振り子と抑揚がなく単調に繰り返される「眠くなる」と聞いていると、少しは眠くなってしまいそうな気もする。
「眠くなる、眠くなる……」
「…………」
「だんだん眠くなーる…………」
「………………」
「DANDAN……」
「……………………」
「心惹かれて……」
「それは違う」
「こら、テルクニ! 施術中は喋っちゃダメ! ボールギャグ噛ませられたいの!?」
「口塞がれて催眠とかどんな拷問だよ」
「……テルクニ、ボールギャグって単語を理解しているのはなかなかやるわね。野球拳は知らなかったのに」
中楚は少し照れながらそう言う。たぶん今の単語がわかったのは催眠のせいだ。というか、言ったお前が照れるな。
「でも、だいぶ目がトロンとしてきた気がするわ。このままシームレスに真の目的に入っていくわよ」
「早く終わらせてくれ」
「貴方はだんだん眠くなる、眠くなる、眠くなーる」
再び振り子の揺れと単語の繰り返しを始める中楚。仮に俺の目が眠そうになっているのだとしたらこの状況と中楚のテンションに疲れているだけだと思うのだが……あれ? そういえば俺は何かすべきことを忘れている気がする。
「貴方はだんだん……露出したくなる、露出狂になる」
「おい、待て」
「……羞恥心が消える、人の視線が快感に変わる、感度が常人の数千倍に――」
「おい!!! なんか催眠の方向性が思ってたのと違うぞ!?」
「え。どうせ脱がせるなら気持ちよく脱がせてあげたくない?」
「催眠かける側の都合で言うな。いや、そもそも催眠で脱がせること自体間違ってるんだけど」
「もー! テルクニってば文句ばっかり! そんなに言うなら自分でやってみればいいじゃない! 意外に難しいんだからね、これ!」
中楚はそう言って俺に振り子を渡してきた。
「いや、なんで俺が……」
「アタシは催眠術なんかに絶対負けないんだから!」
「いきなり催眠かかりそうなフラグ立てるな。さっきまで信じてやってたんじゃないのかよ」
「アタシにテルクニへ催眠をかけないように催眠をかければこの作戦も早く終わると思わない?」
「どうしてそんなややこしいことを……」
「それにアタシも1回くらい催眠かけられてみたかったし。ね、お願い」
相変わらずこっちの話は聞かないし、かけられてみたい発言はどうかしているが、中楚は純粋にお願いしてくる。
「……仕方ない、1回だけな。あなたはだんだん眠くなる……眠くなる」
本当に俺は何をやっているんだ。個室に二人きりで同級生の女の子に振り子で催眠をかけようと……文字に起こすとヤバい感じしかしない。
「…………」
「眠くなる……まぶたが少しずつ重くなる……頭も重くなる……」
「………………」
「まぶたはぴったりと閉じて……心地よい眠りが……中楚?」
「……すー……すー」
「ええっ!?」
適当にそれっぽい言葉を連ねていくと、中楚はいつの間にか頭を揺らしていた。マジでフラグを回収するやつがあるか。
「……はっ!? あ、アタシ寝てたの!? 寝てる間にテルクニから何されたの!?」
「何もしてないわ! 本当に振り子で眠くなるヤツいるのか……」
「テルクニ、催眠術の才能あるんじゃない?」
「そんなわけあるか。単に雰囲気で眠くなったか、お前が疲れてただけだ」
「だったら睡眠以外で催眠をかけてみればいいじゃない。それでテルクニの催眠の才能が本物か、あるいはアタシが暗示にかかりやすい都合のいい体質かがわかるだろうし」
中楚はやけに乗り気でそう言ってくる。目的がどこかへ行ってしまっていると思うのだが、それ以上に俺が困ることがある。
「睡眠以外って何を……」
「テルクニにはいっぱいあるでしょ? アタシについて聞き出しいこと」
その言葉で俺はやっと思い出した。俺は中楚に対する疑問について聞こうとしていたことに。
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