第10話 違和感、楽観、感情はわからん

「ちょっと清莉奈に用事があるから三雲くんはここ外して貰える? あっ、終わった後に三雲くんの方にも話すことあるから帰らず待っていて欲しい」


 俺の必死の呼びかけから何とか榎沢先生に介入して貰って中楚の脱衣は阻止できた。そもそも必死に呼びかける前に止めて欲しいんだけど、来てくれなかったらどうなっていたかわからないからあまり文句は言えない。


「わかりました。じゃあ、廊下で待ってます」

「いやいや。廊下は寒いから美術室の方にいてくれていいよ。みんな三雲くんなら気にしないだろうし」


 榎沢先生はそう言われるけど、俺としてはいくら涼花ちゃんがいても美術部に混ざって待つのは少々居心地が悪い。というか、さっき必死に叫んでたやつとか聞こえてたらなんて言い訳したらいいんだ。


 そう思いつつ、俺は準備室から美術室へ出ると、美術部の皆さんは何やら慌ただしい雰囲気だった。


「あれっ? 三雲クン、どうしたの?」


 俺にすぐ声をかけてくれたのは荷物を持った涼花ちゃんだ。何を持っていても様になっちゃうくらい可愛いし、優しい。


「榎沢先生が中楚さんに話があるからこっちで待つよう言われたんだ。邪魔そうなら外に出るけど……」

「ううん。全然大丈夫だよっ! 今は文化祭の準備してるからあんまり見学してて面白いくないかもしれないけど、良かったらゆっくりして」

「ああ、うん……」


 ここに来る前にも涼花ちゃんと話したけど、今週末の土日は文化祭で、金曜日は完全な準備日になる。帰宅部の俺は特にやることがないから秀吾に言われるまで意識してなかったが、美術部みたいな文化部はこの時期なら作品が仕上がっていたとしてもそれ以外の準備で忙しいはずだ。


(そんな時期に中楚は……)


 準備室に籠って俺と野球拳をしていた……と、やっていた内容はともかく、美術部で一番力を入れてそうな祭り事の準備に参加していないことになる。


「あー!? リースの形、変な風になっちゃった」

「いいじゃん。それも味がある感じだし、付けちゃおうよ」

「そこ、写真撮るよー もうちょい寄って~」


 別に参加しないことが損だとは言わないし、部活内で参加しないことを悪く言われないなら俺が気にすることもないのだろう。ただ、その状況に違和感がないかと言われれば嘘になる。


「三雲くん、お待たせ。じゃあ、職員室へ行こうか」

「は、はい」

「みんなー 準備がんばってねー」


 準備室から出てきた榎沢先生が部員達に声をかけると、楽し気な返事が返ってくる。そう、彼女たちは忙しいながらもそれを楽しんでいるのだ。




「三雲くん、清莉奈のところに行くの継続ってことでよろしく」


 職員室で開口一番に榎沢先生から言われたのは現状維持の報告だった。別に状況が変わることを期待していたわけじゃないけど、それはそれでちょっと文句を言いたくなる。


「わざわざそれ言うために呼び出したんですか」

「だって、清莉奈はまだ飽きてないし。それにこういうのは定期的な確認が大事だから。」

「確認も何も写真を握られてるわけですし……」

「そうね。まさか今日また新しい交渉材料が手に入ると思ってなかったわ」

「さっきのも撮ってたんかい!? その暇があるなら早く止めてくださいよ!」


 そんなことをされると、あの一連の流れが中楚と榎沢先生の共謀に思えてしまう。ただ、完全にそう思えないのが、中楚はマジで最後まで脱ぐつもりで、榎沢先生もそれにはちょっとだけ引いていたから計画性はない気がするのだ。いや、何て悲しい信頼の仕方だよ。


「今度遭遇したらすぐ助けるから許して」

「まず今度が起こらないようにしたいんですけど……」

「ははは。まぁ、今更三雲くんが辞めたりしないと思ってるから何となく撮っただけなんだけどね。お願いしてから欠かさず行ってくれてるみたいだし」

「そ、それは……俺にも別のモチベーションがあるんで」

「それなら良かった。なんだかんだ言って、三雲くんが来てくれるようになってから清莉奈も楽しそうだから」

「いや、あい……中楚さんは出会った時からずっとテンション変わってないですけど」

「そうなの? だったら、三雲くんと会ってからはずっと楽しいってことになるわね」


 榎沢先生の意外な言葉に俺は少し面食らってしまう。中楚は生まれた時からああいう感じだと思っていたが、以前はそうではなかった。つまり、それは内容がどうであれ俺といると楽しいと感じているってことで……


「あれ? 三雲くん、赤くなってる?」

「な、なってません! それより、話が済んだなら帰ります!」

「あっ、一応清莉奈のところに寄ってくれる? 三雲くんを帰らせるとは言ってなかったから」

「言われなくてもわかって……」

「へぇ、最初から寄るつもりだったんだ~ ふーん……」

「な、なんですかその顔は!? 失礼します!」


 今何を言っても揚げ足を取られそうだったので、俺は即座に職員室から脱出した。榎沢先生が半分くらい脅しているから真面目に通っているというのにこんな仕打ちはあんまりである。


 そう思いながらも中楚が楽しんでいることについては……良くないじゃないかそれ。飽きられるためにがんばっているというのに楽しまれてしまったら俺の高校生活の放課後はあいつに支配されてしまう。


 まぁ、帰宅部だから特にやることはないし、涼花ちゃんに会えるメリットもあるから悪いことばかりじゃないけど……やっぱり何か嫌だ。

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