第9話 おばあちゃんは絶対言ってない
「やきゅうけん……」
「ふふふ。そう、野球拳。それは己の肉体をかけた闘い。勝てばテルクニにもメリットがあるし、何より見えるか見えないかの攻防が――」
「って何?」
俺が純粋に聞き返すと、中楚は硬直した。人は本当に驚くと声も出ないと何かで見たことがあるけど、今の中楚はまさしくそんな感じだ。
「聞き間違いじゃないわよね……? 今、野球拳を知らないって……」
「ちょっと待って、調べるから」
俺はそう言ってスマホを取り出すと、やきゅうけんについて調べる。その結果からわかったのは本来の野球拳は別の意味合いを持っていたけど、多くの人に誤認されている有名な方はじゃんけんに負けると衣服を脱いでいくというものだった。
「まさか野球拳を知らないなんて……ジェネレーションギャップ」
「いや、同い年だろうに。ちなみに中楚が言っている野球拳はどっちの方なんだ?」
「もちろん、負けたら脱ぐ方!」
「だろうな。というか、あれだけ心がどうとか言っておいてめっちゃ直接的に脱がす手段じゃないか」
「違うの! じゃんけんでどういう手を出す考えたり、自分が脱げる衣類の枚数で駆け引きしたり、そういうゲームとして心が熱くなる部分があるの!」
必死に言う中楚を見ても、俺は今初めて野球拳を知ったからいまいちピンとこない。仮に悪い方の野球拳だとすると、単にじゃんけんに負けた方が脱がされる運ゲーだ。
「まぁ、やってみれば伝わると思うからまずは一戦……」
「やらないけど?」
「なんでぇ!? ここからが本当の本当に本題なのに!?」
「だって、負けてら脱がなきゃいけないんだろ? やりたいわけないじゃん」
「ふっ……アタシに負けるのがこわいの?」
「こわい。だから、今日はこれにて……」
「ちょっと!? 決闘者ならちゃんと相手の挑発に乗りなさいよ!?」
俺は決闘者なるものじゃないし、挑発した方が怒りそうになっているなら世話ない。
「うぅ……野球拳は死ぬまでにやりたいことの一つなのに。アタシがこのまま野球拳することがない人生を送ってもいいの!?」
「何の脅しだよ。それに今ちょっと調べた情報だけでも普通の人生でそんなにできるタイミングあることじゃないだろ」
「だからこそやりたいの! お願い! アタシだって脱ぐ可能性あるんだから!」
「そこを押されても今まで自分から脱ぎに行ってるからな」
「そう、そこもあるのよ。今までのアタシは自分が脱ぐことを安売りし過ぎてた。肌色を見せる回数は1話に1回必要だけど、必要以上に見せ過ぎるのは良くない……とおばあちゃんは言っていたわ」
「絶対言ってない」
「もー! じゃあ、3回だけ! 全部脱ぎ切るまでじゃなくてもいいから雰囲気だけでも味わわせて!」
珍しく妥協点を作る中楚。野球拳に対してどうしてそこまで情熱があるのは全くわからないが、このまま拒否を続けたら明日以降も引っ張られそうな気がする。
俺は少し考えた後、「3回だけなら」と言った。すると、中楚は三度堂々としながら俺の方を指差す。
「かかったわね! テルクニには既に闇のゲームの術中にハマっている!」
「や、闇のゲーム?」
「ここに宣言するわ。アタシは最初にグーを出す」
「あっ、そっすか」
「そこは駆け引きしてよ!? すぐに終わったら勿体ないでしょ!」
やけにテンションの高い中楚に俺は若干付いていけていない。いや、よく考えたらいつものことだった。
「テルクニの次のセリフは『俺はチョキを出す』と言う!」
「じゃあ、それでいいよ」
「もう、本当にノリがわかってないんだから……それじゃあ、本来は歌いながらやるんだけど、権利の問題から「よよいのよい」の合図でじゃんけんする形に省略するわ」
「へー そういうやり方なんだ。わかった」
「じゃあ、いくわよ。よよいの……よい!」
中楚の言葉と共に俺が出した手はチョキだった。対する中楚の手は……パーだった。
「なんでチョキなの!? 素直に出すとかアリ!?」
「いや、今のはあんまり意識してなかった」
「くっ……これが無我で天衣無縫のなんとか的な戦術……」
「本当、今日テンション高いな……」
「でも負けは負けだから脱ぐわ。よいしょっと……」
「おい!? 詳しくは知らないけど、絶対上から脱ぐもんだろ!?」
何も言わずスカートの方に手をやった中楚を見て、俺はすぐに止める。
「アタシ、下はそのままパンツだけど?」
「何そうだから問題ないみたいに言ってるんだよ。余計にアウトだよ」
「だって、アタシが勝ったら下から脱がせるつもりだったし、ここは正々堂々としたいもん」
「勝手に考えといて正々堂々とか言うな。今回は上から脱ぐことにして」
「しょうがないなー」
中楚は冬服の上着をゆっくりと脱いだ……何故か肩から降ろす感じで。それから俺の様子を窺うけど、どう反応したらいいかわからない。その脱ぎ方は浴衣とかで成立するものであって……いや、これはやめておこう。
一方、負けたはずの中楚はまだ自信たっぷりの表情だった。
「まぁ、1回くらい勝たせてあげないとね。ちなみにアタシの上の装甲はまだこのリボン・ブラウス・インナーの3つもある!」
「リボンも含まれるのか。で、それがどうしたの?」
「くやしいでしょ? テルクニは最初から3回でアタシのブラを拝むことは不可能なんだから」
「はいはい。あと2回とっとやろう」
「ふっふっふっ。次にアタシは――」
この後、懲りずに自分の手を宣言してからじゃんけんに挑んだ中楚はいとも簡単に2敗する。俺としては3回やれば終わると思っていたから何も考えずに出していたので、中楚が勝手に深読みして負けた感じだ。
「そんな……勝負するシーンさえカットされるなんて」
「これで満足したろ」
「……してない! アタシも1回くらい勝てせよ! まだアタシの装甲は残ってるんだから!」
「3回だけって言っただろ。というか、それ以上脱いだらアウトだ」
「あっ、そうだ。今負けた分脱いでなかった」
中楚はそう言いながらブラウスのボタンをゆっくり外し始める。いや、なんで全部ゆっくり動作なんだ。それにブラウスを外したところでインナーが見えるだけ……待て。女子のインナー姿ってこんな簡単に見ていいものなのか? 俺にとっては初の女子の生インナーが中楚によって奪われようとしているのでは!?
「ま、待て、中楚……」
「そう言うと思っていたわ」
「えっ?」
「このまま終わっても勝ち続けたテルクニは何も面白くない。そこで提案するわ。アタシの残りの衣類全てとアタシの命を賭けて最後の野球拳に挑むと。ただし、テルクニにも全ての衣類を賭けて貰うわ」
「…………」
「さぁ、この勝負受けて……」
「いや、何熱いバトル漫画風にもう一戦持ち込もうとしているんだよ。全然熱くないし、俺だけ不利だわ」
俺はそう言いながら中楚の脱ぎ捨てられた上着を拾って差し出す。危なかった。ブラウスは第二ボタンまで空いてるけど、これならセーフだろう。早いとこ野球拳の件は切り上げておかないと中楚が何をしでかすかわからない。
「まさか3連敗のまま終わるだなんて……屈辱だわ」
「まぁ、内容的には運が絡むじゃんけんだし、そういうこともある。俺は二度とやらないけど、中楚も不用意にやるのは気を付けた方が……」
「こうなったら屈辱ついでに全部脱いでやるー!」
そんな俺の警戒も空しく、中楚はブラウスどころかインナーまでまとめて脱ごうと服の下の方を持って脱ごうとする。
「なにやっとんじゃお前はー!?」と言う暇もなく俺は上着を投げ捨てて中楚の腕を掴んでそれを阻止した。
「は、離して! アタシは所詮野球拳の敗北者なんだから!」
「敗北者と思ってるなら大人しくしてくれ! もはやお前が脱ぎたいだけだろ!?」
「だって、まだこの話では肌色をギリギリ見せていないからここら辺で盛大に脱いでおかないとって、おばあちゃんが……!」
「おばあちゃん関係ないから! ああ、クソ! 相変わらず謎に力強いな!?」
中楚の下へ向かおうとする腕の力は俺の止める力と同じくらいで全く動かない。
そして、俺はこの状況にデジャブを感じる。具体的には一週間前に今の俺の状況を作る原因となった絵面とほとんど同じだ。
「邪魔するぞー 清莉奈は……あっ」
俺の頭にそれが過った瞬間、ノックもなしに榎沢先生が準備室へ入って来た。だがしかし、今はそれを責めている場合ではない。この状況を何とかして貰わないと――
「……失礼しました。終わってからまた入るね」
「だから、せめて俺の方でもいいから止めろー!」
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