第13話 致命

 夜の静寂の中、焚火にくべられた薪がぱちりと鳴く。

 それに照らされた数名の姿。ラニとフェイ、そして傭兵たちだ。

 椅子代わりの丸太が寝かせてあったが、来客用のものなど無く、結果全員が立って話す形となっていた。


「…あ?何だガキ、からかいに来たのか?」


 ラニとフェイは三人の傭兵たちから話を聞くにあたり、交渉しようとした。

 だが傭兵の一人は、あろうことか交渉前にそう言い捨てたのだ。

 特に礼を失した事はしていない筈だが、虫の居所でも悪かったらしい。


「落ち着け、イディオ。浅慮は身を危うくすると学ばなかったのか?」


「落ち着いていられっか‼元はと言えばコイツ等の…うガっ!」


 傷の傭兵が軽薄そうな男…イディオをなだめようとするも、激高した彼は止まらずフェイに掴みかかろうとした。

 そのためもう一人が後ろから組み伏せ、イディオの口からはうめき声がこぼれる。

 やれやれと首を振る傷の傭兵は、ラニ達を見て頭をかく。


「ま、先に自己紹介でもしようか、嬢ちゃん」

「俺はグラディウス、でがイディオだ」


 グラディウスと名乗った彼の風貌は、その名の通り、歴戦の戦士というべきものであった。

 間違いなく、この傭兵三人の中で一番の強者だろう。

 地面を舐めるイディオは実際の強さより、性格の難のせいで三下といった感じだ。


「その上にいるのが…」


「このような格好で失礼します、私はシークと申します。どうぞお見知りおきを」


 物腰の柔らかい、顔の下半分を布で隠した細身の男が言う。イディオとは正反対の人物のようだ。


「この方はラニ様っス。ボクはフェイ。じゃ、お嬢の質問に答えてくれるっスか?」


 傭兵たちはそれぞれの流儀で自己紹介するが、フェイはあからさまに簡潔に済ませようとした。

 礼儀で言うなら先に失したのは傭兵たちだ、それで気を悪くは出来ない。


「あー…そうは言ってもな……」


 渋るグラディウス。その態度を見てラニは芝居を打ってみる。


「えー⁉あの時、何があったか聞きたいだけなんだから、いいじゃーん!」


「おぉーっとー。駄々をこねてるトコ悪りーが、いくらなんでも嬢ちゃんと言えど、口止めされてる事は……あ~っ」


「やっぱり」


 ……ラニの芝居は下手だった。

 だがグラディウスはそれよりも大根役者であった。いや、演技する気も無かったのだろう。


「シマッター。……案外、頭が回るんだなー?嬢ちゃんー」


「何してんだよオッサン‼違約金なんて払えねーんだぞ⁉最悪だ‼」


「はぁ…最早わざとですね?知りませんよ、私は何も知らないで通しますからね?」


 一度渋ったのは彼らと自分は無関係だという建前のためだった。

 やいやいと、傭兵三人が言い合っているところに、フェイは爆弾を投げ入れる。


「うるさいっスね~。何でもいいから、とっととゲロって欲しいっスけど~?」


 フェイは、ラニ以外に対しては大概、自分勝手であった。それが災いする。

 イディオのギリギリ保っていた堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。


「テメェ⁉いい加減にしろや‼」


 押さえつけるシークを突き飛ばし、低姿勢から両足と片手を使って一直線に突進。  

 残る片手で腰から短剣を抜き放ち、フェイの喉元へ突き立てる。

 ―――― 一閃

 苦悶の声とともに、膝から崩れ落ちる。




「遅いっスね~?こんなんで傭兵やって生きてられるんスか~?」


「クソが…金的は……反、則…」


「命まで取らない優しさと言……あらら、聞いてないっスね?」


 あの一瞬、フェイがしたことと言えば、手に持った槍を一回転。ただそれだけ。

 しかし、武器を弾き、相手を行動不能にする。それがどれだけ難しいか、武を学んだものならば嫌になるほど分かるだろう。

 それを無駄のない、腕だけの動きで…腕力に頼らず、切っ先と石突の重みを利用した一撃で行うなど、もはや達人の域を超えていた。


「ヒュ~。流石、槍を使わせたらフェイの右に出る奴はいないね!」


「いや~それほどでも…あるっスね~~!」


 ラニはフェイをおだて、フェイは鼻を高くした。

 一方、傭兵たちは驚きを隠せなかった。

 こうも簡単にイディオがやられたことに、ではない。

 フェイが見立てよりも圧倒的に強かったからだ。


「…驚いたな、デキるとは思っていたが、これほどとは…」

「いや、待て?『フェイ』って言ったか?アンタ…」

「おいおい…まさか、『致命の槍フェイタル・ランス』か⁉とっくにくたばったもんかと……」


「ん?フェイ、知り合いだったの?」


「いいえ?まあ、あの頃は良くも悪くも名前だけは知られてましたし、多分そっちっスよ」


「ああ、俺もさっきの槍さばきを見るまでは、分かんなかったしな!」

「けどまあ、暴れまくった『致命の槍フェイタル・ランス』がまさか屋敷の門番やってるなんて、誰も信じないだろうがな!」


 呵々、と笑うグラディウスだが、不機嫌な声が遮る。


「…あの頃より多少丸くなったようですが、私はあの悪名高い『致命フェイタル』とお近づきになんて、なりたく無かったのですがね……」


 イディオに突き飛ばされて、尻もちをついていたシークが土埃を払って立ち上がっている。

 彼はどうやら、戦闘は苦手らしい。するとしても奇襲や支援が主なのだろう。


「そういう訳ですので、失礼ながら席を外させてもらいます」


 ぺこりとラニに向けてお辞儀をすると、イディオを引きずって行ってしまった。


「ツレ達が失礼したな、代わりに謝っておこう」

「あいつらも、依頼が絡まなきゃ良いヤツなんだが…」


「ううん、いいの。だから包み隠さず話してくれる?」


 ラニは、フェイの後ろから一歩踏み出して、地面に座る。

 服を汚す、貴族の令嬢らしからぬ行動だが、なぜかサマになる。

 グラディウスはそれを見て、彼女が真実を知るべきだと改めて思った。

 行動ではなく、自分をまっすぐ見つめる、その瞳を見て。

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