第12話 『ともだち』

 薄闇が広がってゆく時刻、屋敷の門へ静かに、されどひときわ強い風が吹く。


「……先輩、ちょっと外してきてもいいですか?」


「サボるなよ、全く」


 通りを眺めるリヒターは、しっしっ、と片手を振ってフェイに許可を出す。

 フェイがサボりの常習でなければ、もう少し良い対応をされていたかもしれない。


「申し訳ないっスね~~」


 それを悪びれる事もなく、そそくさと去ってゆくのは流石の貫禄であった。

 フェイが居なくなってしばらくした後、空にポツリと言葉が響く。


「…?さっき、『っス』って言ってないな、あいつ」



 

 ラニは塀の陰に隠れながら待つ。

 

「こんな時間にお出かけっスか?お嬢~」


 フェイは塀の上を器用に歩きながら尋ねる。

 槍を水平に持ち、まるでピエロの綱渡りのようだった。


「うん、行かなきゃいけない所があるから」


「じゃ、お供しますよラニ様。自分が護衛します」


 フェイは見上げる少女の横に着地してかしずく。

 少女に向けた顔は、柔らかな笑みで彩られている。


「うん、ありがと……フェイ」


 その悲しげな笑顔で、フェイはラニと初めて会った日を思い起こす。

 


 フェイはこの屋敷に来る前までは、ただの破落戸ごろつきであった。

 物心つく前から孤児として育ち、それを強要した世界を恨んだ。

 壊し、暴れ、盗み、高笑いする。そんなどうしようもない屑だと自覚もしていた。

 それでも、殺しだけはしなかったのは、それがかつて己が身に降りかかった故か…

 

 そんなある日、みすぼらしい格好の自分への当てつけのように建つ、大きな屋敷が目に入る。まさに世界が強いる不公平。苛立ちを抑えきれずにそこへ向かった。

 門番を叩き伏せ易々と侵入したフェイは、裏庭で独りで遊んでいた子供に見つかってしまった。瞬間、違和感を覚える。

 フェイはその子供の事を何も知らない筈なのに。

 その違和感の正体を見抜いた。見抜いてしまった。


 ――――それは、その子供が自分と同じように、残酷な世界に虐げられた『同類』だったからか…


 その笑顔いかりは本心からの物ではないと、理解してしまった。

 その振る舞いぼうりょくは、弱い心の裏返しなのだと悟ってしまった。

 その途端、その少女じぶんがひどく、手を触れてしまえば消えてしまいそうなほど、脆く見えてしまった。




「や~後で先輩に謝らないといけないっスね~~」


 傭兵たちを追って、ラニとフェイは森へと向かっていた。

 フェイが火の魔法で先を照らしている。

 しかし、いくら明かりを灯そうとも夜の静けさは消えない。

 そのため二人は他愛のない会話をしていた。


「ごめんね、フェイ」


 フェイは鼻でプヒ~、と嘆息する。いまさら、とでも言いたそうだ。


「謝らなくていいんスよ、ボクの勝手っス」

「だからお嬢も勝手していいんス、もう、溜めこまないで下さいね」

「この前みたく、みんなに叱られるなんてイヤでしょう?」


「う……」


 ラニが家出したときは使用人から、顔を合わせるたびに小言を言われたものだ。

 それを思い出して、ラニは気が滅入った。


「まあ誰かを頼るようになったのは、成長したって事っスね~」

「さっきの風、お嬢の合図でしょ?」


 ラニは頷き、肯定した。

 リヒターは気付かなかったが、自然の風は草木で音を立てながらやってくるものだ。だが魔法の風は突然現れる。吹くはずの無い方向から来る。

 フェイは長い裏路地生活で、風を熟知していた。そうして生きていた。


「ど~したんスか~?元気ないっスね?」


 フェイは、いつもはもっと会話が弾むのに、とラニを気にする。

 促されながら、ラニは口ごもりつつ尋ねた。

 自分がこの後、やろうとしている事。その是非。より事態が悪化しないか。

 多くの事を聞きたかった。だがそれよりも先に口から出たのは。


「……フェイは、隠し事を知られたら…どうする?」


「怒るっス」


 即答であった。しかしこうも続けた。


「時と場合と内容にもよりますけど、それが危ない事に巻き込む可能性があるなら、尚更っス」

「けど、ラニ様だって誰にも何も言わずに出ていったのは、そういう事でしょ?」


「…あれは、何も考えずに飛び出しただけだよ……」


「ウソ、つかないでください」

「ボクはラニ様が皆のためにたくさん考えてるって、知ってますから」

「なんせ、ボッチなお嬢の…たった一人の『ともだち』なんスよ?」


「……もう」


 いつの間にか門番になっていたフェイは、仕事の途中でよく話しかけてきた。

 そのときにはよく、明るい言葉と真摯な態度を交互に使ってきたものだ。

 ラニはかつて、どうしてそんな奇妙な事をするのか聞いた事があった。

 その時ははぐらかされたが、今なら分かる。


「からかわないでよっ!フェイ!」


 笑顔を取り戻したラニはフェイの手を引いて先を急がせる。

 少し驚きながらも、フェイも笑顔で並んで進む。


 少女は母親の死から六年、その未だ短き半生を傷無き痛みと共に過ごした。

 大好きな家族のために、道化となって自らの幼い心を擦り減らしてきた。

 それでもなお、純粋な心を失わなかったのは、フェイともだちがいたからだ。

 きっと、余人が見たら憐憫や、傷を舐め合っていると言うのだろう。

 だが違う。二人の本当の関係を言い表すのならば、


 ――――似た者同士、と――――――

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