第11話 暗中

「……そう、リヒターさんがそんなことに…それに傭兵の方たちも……」


「で、傭兵の一人を操ってた?らしい『あれ』っていうのは結局、正体が分からなかったんだってさ」


 ニーニャは口元に手を当て、ぶつぶつ言っている。

 ラニも何か考えようとしているが、成果はなさそうだった。

 ぱん、という音が響く。ニーニャが手を叩いた音だ。


「ラニ、まずは情報を纏めながら考えましょう」

「誰が、いつ、どこで、から始めるわね」


 二人は鏡写しのように顔を突き合わせた。


「誰が、はさっき言ったからいいよね」


「そうね次は、いつの事だったのかだけど……」


「首を痛めた人はもう出歩いて大丈夫みたいだったし、治り具合から分かる?」


「ええ、死んだり動けなくなってないなら、けがの程度も予想できるわ」

「治療法にもよるけど、だいたい数か月から半年ほどね」

 

 ニーニャはさらりと怖ろしいことを言った。

 ラニが少し引いているが気にせずに、話を進める。


「じゃあ次はどこで事が起きたのか、だけど……この家よね…」


 そこでニーニャの推測に待ったが掛かる。


「けどニーニャ。『あれ』がここに来た、って言っていたけどウチとは限らないんじゃ?傭兵たちは旅をするから、それを言っているのかも」

「それに、リヒターの仕事中の行動範囲から考えると、街の方で起こった可能性もあるよ?お遣いとかさ」


 門番と一概に言っても、その仕事はただ立っているだけではない。

 巡回当番や、場合によっては買い出し等の雑用が回ってくることもある。

 ゆえに、番兵とも呼称されているのだ。


「それはノーね、『あれ』っていう大物が出てこられるのは、それに相応しい場所だけなの。考えてみて?」

「街中でいきなり魔王クラスの存在が暴れたら、騒ぎになっちゃうわよ?」

「少なくとも、『あれ』が何かをしたから、リヒターさんは動いたのでしょうし」


 ラニは得心いったように首を縦に振る。


「ああそっか……『あれ』の目的が暴れる事だったら、今頃ひどいことになってる」

「…それならアタシたちが知らないうちに『あれ』が来たってこと⁉」


「信じたくはないけど、そうなるわね……」

「『あれ』…とんでもない力を持ちながら、暗躍を選ぶだなんて…気味が悪いわ…」

「いえ、今はお父様の隠し事の方が重要ね」


 ニーニャは一度話を区切って、散らばった情報を整理する。

 確定したものは三つ。


 1 誰が。 リヒター、傭兵たち、『あれ』は絶対。

 2 いつ。 今から数か月から半年ほど前。

 3 どこで。この屋敷の敷地内。


 そして出てきた疑問点。傭兵たちが屋敷にいた理由だ。

 1と3を満たすためには、それが欠かせない。


「多分、依頼がらみの事でしょうけど…」

「屋敷に招かれたのかしら?判断材料がないわね……」


「……ねえニーニャ、気付いた?」


「何に?」


 ラニはいきなり切り出したが、ニーニャに思い当たるものは無い。

 それは、彼らと直接話していたラニだからこそ、気付けた事であった。


「リヒターも傭兵たちも、、だけ…やけに隠してない?」


「ッ‼もしかして口止めされてるのかも!」

「そうじゃないと複数人の証言で、ここまで情報が欠落する事は無いもの……!」


「多分、とーさまが傭兵を呼んで、何かさせようとしたんじゃないかな?」

「皆して『あれ』のことは喋ってた。だから口止めは依頼を隠す為だけのもの…」

「その依頼がとーさまの本来の目的なのに、邪魔されるような事が起こった」

「招かれざる客…『あれ』が来ちゃった……んだと思う」


「だからリヒターさんは止めようとして……」

「なら、お父様は一体何を隠しているの…?」


 ラニの推測は図らずも、真実へ向かいつつあった。

 ニーニャの堅実な解析を土台とし、ラニの直感がその先を見抜いた。

 二人の得意とするところが、奇跡的な噛みあいを見せたのだ。

 だが――


「手詰まり、なの?」

「これじゃ、何も分からず終わっちゃうじゃない……」


 ニーニャがうつむいて悔しそうに言う。

 エピーズの隠し事に喰い込んだ、たった一つの異分子。

 それだけが先へと進む鍵なのだ。なのにその目的も、行動も、その正体さえも……

 暗闇の中にあった。

 『あれ』という深淵については、誰も、知る事など出来なかった。

 知恵も、術も、策もすべてが尽きた。もはや、引き返すことしか、無い。

 進んできた闇の中に残されたのは―――――諦め。


「…違う……まだ手はある‼」


 その闇を照らそうと輝くのは……


「ラニ…?」


「傭兵たちから何があったか直接聞き出す!口止めがどうしたって⁉」

「とーさまには悪いけど、金で建てた人の口の戸、こじ開けさせてもらう‼」

「……ニーニャ、悪いけど後で口裏合わせといてね?」


「ちょっと!また無茶をする気なの⁉」


 ニーニャは、ラニが危ない橋を渡ろうとしている事に気づいた。

 ラニが向けたぎこちない笑みは、それを物語っている。


「無茶、無理、無謀に無策を重ねて、そこに指先が届くなら…私はそうする」

「それに……大丈夫、今日だったら何とかなる」


 ラニは暗くなった景色に飛び込み、走り出した。


「今から行くの………?」


 ニーニャは窓から出ていった姉に、素朴な疑問を投げかけた。


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