第10話 『あれ』その2
「おーう、何か面白そうな話してるなあ?番兵さん」
ラニと門番たちは声をかけられた方を向いた。
そこに居たのは傷だらけの壮年の男だった。
後ろには口元を隠した優男と、軽薄そうな青年もいる。
仲間という風ではないが、行動を共にしているようだった。
リヒターは、彼らの顔を見て嫌な事を鮮明に思い出したのか、苦い顔になる。
「……何しに来た傭兵ども、ここにはもう用はないだろう」
傭兵とは、魔物退治から雑用まで幅広くこなす、いわゆる何でも屋だ。
彼らは多少違法な依頼でも受ける事があるため、リヒターは関わりたくないような態度だ。
「そう言うなよ、ここに用はなくとも向こうに用があってね」
傷の傭兵は手に持っている木槌を軽く上げた。
後ろの二人も木材やらを運んでいるようだ。
「なんでも数か月前、森の中に魔物が出たってんで、念の為に柵を…ってさ」
「魔物なんてセムドじゃ珍しい事だが、それにしたって対応が遅いよなぁ…」
「その時、貴族のお嬢が家出してたってのが関係あるのかね?」
「「「 いやぁ、知りませんね、ソンナコトハ 」」」
「?」
三人は目を逸らして隠し通そうとする。
その甲斐あってか、傷の傭兵は家出していたお嬢様が目の前にいるとは知らずに話を続けた。
「まあ、本題に入るか」
「さっき話してただろ?『あれ』の正体についてだがよ……」
傷の傭兵は真剣な顔で切り出した。
ラニは固唾を飲んで聞き入る。
想像もつかないほどの強者。『あれ』とはいったい何者なのか?
それが様子のおかしい父親と、どう関係するのか?
一句たりとて、聞き逃してはならぬ。そう覚悟して。
「まずな、コイツがあの時気絶させられていたのは、物理的なものだそうだ」
「医者の話だと、骨がやられそうだったものの、他に異常はなかったらしい」
「あ?俺か?メンドいな…まだ首がイテェんだけどよ……ほら」
後ろに控えていた軽薄そうな男は合図をされ、前に出てうなじの辺りを見せる。
そこにはしっかりと青痣が残っており、だれが見ても痛々しいと思うだろう。
もう一人の男がその後の説明を続ける。他二人と違い、丁寧な言葉づかいでだ。
「他人の精神を操るなんて、どんな方法も用いても不可能でしょう」
「ですが、気絶した肉体を動かすだけなら簡単です」
「しかしその手法だとあの威圧感や、声まで変わっていた説明がつきませんが……」
「……つまるところ、何だったんだ?」
リヒターは焦れた様に急かした。彼らが一向に話の核心に迫らない為だ。
ラニは傍観するように黙って聞き入る。
詳しい話が分からずとも、何があったのか、その一点だけを記憶しながら。
それに対し、フェイは早々に話を聞き流し、ぼんやり流れる雲を眺めていた。
「纏めるなら、そうだな…」
「『あれ』は目先の利益を考えていなかった。手ぶらで帰っていったしな」
「なら、将来的な自分の目的を果たすために来たんじゃないか?」
「その目的は多分、二手三手先を見据えたものだろう。そいつにしかわからん」
「結局、目的も正体も、何もわからん。という事がわかっただけだ」
その言葉に、リヒターは薄々感づいてはいたものの、落胆を禁じえなかった。
自分でも『あれ』は次元が違うとは言った。簡単に正体を暴けるなどとは思っていない。それでも。
それでも正体の片鱗が分かれば、少しは気が楽になると望んだだけに、リヒターが受けた反動は大きい。
「ま、『あれ』の事は気にするだけ無駄ってことよ」
「寝ションベンの思い出みたいに忘れた方がいいぜ」
じゃあな、と言って傭兵たちは森へ向かう。
リヒターは、仕事中に珍しくその場に座り込み、重くため息をついた。
「……折り合いをつけよう、殺されなかっただけマシだ、と」
「考えれば分かることだった。俺を殺すなんてすぐなのに、しない理由」
「『あれ』にとって俺は、わざわざそうする必要もない虫ケラなんだよな」
落ち込むリヒターにかける言葉が無い二人をよそに、彼はすぐに立ち直った。
「有難うございます、お嬢様。ご心配をお掛け致しました」
リヒターは姿勢を正して、鉄格子の向こうのラニに頭を下げる。
その顔は吹っ切れたようで、ラニは安心した。
「センパ~イ、ボクは~?感謝の言葉とかぁ、ないんですか~?」
「五月蝿い!フェイ、お前は酒を奢りやがれ!潰れるまで飲んでやる!」
ニヤニヤするフェイに遂に堪忍袋の緒が切れたようだ。
ラニはそんな言い争いをする二人を後にして、屋敷に戻っていく。
その頭の中では、先程の話が父親の隠し事に触れる手がかりになると思いながら。
(さっきの話……まとめなきゃね)
ラニは使用人用の空き部屋で、廊下の足音を聞き逃さないよう考え込む。
リヒターの悩み事、それと傭兵たちの話。
それらを繋ぎ合わせて、真実を探ろうとする。
(まずリヒターの失敗。やばいヤツにケンカを売ったって?)
(それも、魔王と並べられるくらいの……)
(リヒターってそんなにケンカっ早いの……違う、仕事中って言ってた)
ラニはかぶりを振って間違った方向から離れる。
仕事中。そこから分かる事は……
(とーさまから特別な命令があったって事…?それもリヒター『だけ』に対して)
(ほかの使用人と一緒だったなら、その人も同じ状況になってる)
(何人もそんな事になれば、必ず屋敷の使用人中で噂になるし……)
(だけど、とーさまはリヒターに何をさせようとしたの?)
「……うーん、頭痛くなってきた」
「どうして一人で考えてるのかしら?ラニ」
「うぉわ⁉ニーニャ⁉どうして……」
考え込むあまり、ニーニャが部屋に入ってきたことにも気づかず、驚いたラニ。
その続く言葉はニーニャの細い指で止められた。
「二人で考えましょ?せっかく元通りになったんだから」
ラニは妹に一瞬、母親の面影を見た。
優しくて暖かい。家族の中心だった、母を。
ニーニャをいつも見守っていると遺して逝った、故人を。
それが泡沫だったとしても、彼女には関係ない。
「…そうね、もうアタシの……私たちの家族は壊させない!」
ラニは恐れていた――――――未来の破滅を。
ニーニャは嘆いていた――――過去の痛みを。
背中合わせだった二人がやっと、同じ目的を見つけた。
手を取り合って、『現在』を切り拓いていくために。
―― 幕 裏 ――
森へと向かう道にある、広い果樹園を眺めながら、三人の傭兵たちが話している。
「……いいのですか?口止めされていたはずですが」
「お前も口を滑らせていたようだが?」
「私は独り言を言っていただけです。あなたのように話しかけてはいません」
「あの番兵は当事者だろ?」
「なら、あの少女は?依頼人が一番隠したい相手は…娘さんだと思うのですがね」
「……娘だからこそ、知らなきゃいけないんだろうさ」
「少なくとも、俺はそう思う」
「おい、アンタら!さっさとしろよ!」
「どの口が言いますかね?この債務者は」
「お前のせいで、借金取りに俺たちの報酬まで取られたんだからよ」
「医者から受けた治療費、及び借金取りが来た事の迷惑料」
「そんでもって俺たちが建て替えさせられたお前の借金」
「「 全額、耳ィ揃えて返してくれ 」ませんか?」
「…クソッタレ……」
時刻は、夕暮れに迫っていた。
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