第9話 『あれ』その1
ラニはエピーズの様子がおかしくなった理由を探すため、屋敷の正門に向かった。
いきなり本人に確かめようとしても、かえって警戒が強まる。
屋敷内の使用人も同じく。エピーズに知られてしまえば、それはすぐに失敗へと繋がるだろう。
それに対し、接触の機会が少なく、屋敷への出入りを管理する門番ならば一手目として適任だろう。
「…どうしたんスか、先輩?最近元気ないっスね?」
「この前の出来事が忘れられないんだよ……あのバケモノめ…」
屋敷の門前で槍を携えた二人が話し合っている。
彼らの名は、先輩がリヒター、後輩の方がフェイという。
今日は特に来客の予定もないため、多少気を抜いても許されるが、フェイは度が過ぎている。
しかし、リヒターもどうやら、仕事に身が入っていないようだった。
「なになに、どしたの?フェイ?」
「あー、お嬢~。聞いてくださいよ~最近、先輩がたるんでるって思いません?」
「キサマは!」
リヒターは、もう色々と失礼な後輩に拳骨をプレゼントする。
フェイもラニも、これが常というのが彼の頭痛の種だ。
歳もそう離れていない二人は、時折こうやって茶化すためだけにここに来る。
「お嬢様、あまり使用人と仲良くなさらないように」
「貴族には面倒なルールが多い、と貴族の端くれとして申し上げておきます」
リヒターは低位の貴族だ。領地も広くなく、そして三男坊として生を受けた。
そうなると相続についての問題が顔を出してくる。与えられる領地が無い、という問題が。
この国では、それで揉め事を起こす前に、他家へ奉公させておくのが通例だ。
…見方を変えれば、上位貴族とのコネを作るために、とも取れるが。
だが権力にも金にもさして興味の無い彼には、その命令に文句は無かった。
……頭痛の種が出来るまでは。
「や~いや~い!木っ端貴族が何か言ってらァ~!」
「鉄拳、堅物、石頭~~!」
「……お嬢様?」
「ハイ、スミマセン」
後輩を殴ったばかりの拳を構えながら、鉄格子の向こうのラニに注意する。
フェイはまだうずくまったままだ。
「ハァ……」
つい、ため息をついてしまう。
この二人のせいで、ではない。むしろ感謝しているくらいだ。
だが多少気が紛れたものの、重い気持ちはそう簡単に無くならなかった。
「…なんかあったなら、話だけでも聞くよ?」
「そうそう、酒のツマミにしますんで~」
「キサマは……いや、いい。笑ってくれた方がマシだろうさ…」
リヒターはこの数か月間、この悩みを誰にも話そうとはしなかった。
悩みが仕事にまで影響を及ぼしているなら、今すぐに解決してしまいたいとも思う。
しかし、そう易々と話せない理由が彼にはあった。
その葛藤の中、ラニには悪いと思いながら、リヒターは言葉を選んで話し始めた。
「仕事中に……ミスをしまして」
「いえ、ミスというより、避けられない事故…でしょうか」
「まあ、とかく、私は圧倒的な存在に楯突いてしまった、ようでして」
「その恐怖がこの身に残って……未だに消えないのです」
「圧倒的って……どのぐらい強いの?とーさまより強いの?」
年相応の少女らしい質問だったが、フェイはそれを笑い飛ばす。
「お嬢~!一騎当千超えとか、そんなトンデモ存在いるわきゃないでしょ~!」
「いるとしたら魔王とかそんなんになりますよ~?」
「そんなのにケンカ売ったと分かったら、ボクはションベン漏らしますね!」
「いいや、あながち間違ってないかもしれん」
先輩の無様を笑っていた声が止まる。
「エピーズ様の強さは凄まじい、アーティファクトを使いこなしていらっしゃる」
「だがそれはあくまで我々と地続きの強さ、まだ理解のできる強さだ」
「それに対して『あれ』は、我々とは別次元の存在だと言ってもいい」
「努力すれば、アーティファクトを使えれば?」
「最早、そんな領域に『あれ』は立っていないだろうさ」
リヒターは、清々しい顔で遠い目をするとこう締めくくった。
「なにせ……お前の言う通り、漏らしてしまったからな」
「「 うっわ、エンがチョ 」」
「せめて笑って下さい、お願いします」
リヒターは、権力や金はともかく、せめて自分の名誉くらいは守ろうと考え直した。
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