第4話 疾走する、夢

「――ねぇラニ、そういえばラニの夢は何なの?」


 夕食時に、ニーニャは唐突に聞いた。

 確かに今日の昼下がりに話していた事だ。

 自分は話したのだ。姉の夢が何なのか、気になっても仕方がないことだろう。


「ん~……」


 ラニは一瞬、視線をエピーズに向ける。

 彼はうつむいたまま、黙々と食事を口に押し込んでいる。

 呼吸をする度、悲しみと後悔を流し込まれ、もはや味を感じる事すら出来なくなったのだろう。


「特に、無いかな……」


 エピーズはその言葉に、何の反応もしない。

 傀儡のように、同じ動作を繰り返している。

 会話が続かなくなってしまい、テーブルは静まり返ってしまう。

 ラニは何度か静寂を破ろうとしたが、それでも喉の奥から言葉が出て行かない。

 ……やっと言葉が出てきたのは、食事が終わった後だった。


「……このままじゃ…ダメだよね……」


 ラニは寝室から、夜の帳が降りた外を見て呟く。

 いつもは外を駆け回る風も今日は静かだ。

 机の上の冒険譚を閉じて、少女は考える。

 こんな時、この中の英傑達はどうしただろうか、と。

 きっと、何か行動を起こしただろう。

 少なくとも、自分の無力さに嘆くばかりではなかったはずだ。


「………」

「よっし!そうと決まれば行動あるのみ‼」

「ぅわはーっはっはっはっはっは~~‼」


 彼女は失念しているようだが、この部屋はの寝室だ。

 そうも騒げばどうなるか……明白である。


「ラニ!うるさい‼」


「ぶへぼ!」


 我が妹ながら、惚れ惚れするような鋭いマクラ投げが炸裂する。

 ハイ、非は私にあります。ゴメンナサイ。

 マクラもお返しします。ベッドに入ります。

 それじゃ


「おやすみ、ニーニャ」

(そして……ごめん)


 明かりの消えた部屋で、妹に謝罪する。

 夜中に騒いだこと、ではない。

 嘘を吐いたことを…夢は無いと言ったことを。


 彼女の夢は……ささやかなものだった。

 また、家族で、笑っていたい。

 ただ、それだけの願いだったはずなのに。


 ――――――

 ―――――

 ――――


 翌日。正午にはまだ少し早い頃。


 ラニ先生の~作戦会議~!

 ドンドンパフパフ~~!

 つっても何をすればいいのかね!

 ニーニャに任せたいけど、あの子は巻き込めない。

 もう時間が無い、危ない橋を渡るかもしれない。だから……

 ……私一人でやらなきゃ。


 ラニは部屋で独り、考え込んでいた。

 妹のニーニャはダンスの練習をしていて、好都合ではあった。


「とーさまのバカヤロー……」


 吐き捨てる彼女の夢はもはや、叶わないのだろうか?

 欠けた歯車は、もう二度とかみ合う事は無いのだろうか?

 いいや、たとえそうだとして、この少女はそんなものを受け入れない。


「かーさまが死んで悲しいのは、とーさまだけじゃないのに」


 ニーニャは昨日も、母親の墓石の前で泣いていた。

 それを励まし、連れ戻しているのは他ならぬラニだ。

 妹も、父親も、その心はとうに限界なのだろう。


「どっかの格言…『誇りなき獣は家畜にも劣る』ね…」

「意味だけなら、人類として越えてはならない一線、だけど」

「でも……誇りに押しつぶされそうだったら…?」

「誇りも矜持も喪った人は、どうすればいいの……?」


 ラニは家族のために出来ることを考える。

 ……決心したように顔を上げた。


「家出すっか‼」


 クローゼットに隠しておいたバッグを取り出す。

 中は(厨房からちょろまかした)食糧で一杯だ。

 さらに中やポケットに入りきらなかった道具類は、外側に雑に括り付けられている。


「よっほいさ!」


 少女はそれを見た目によらぬ剛力で軽く抱え、窓から飛び降りる。

 そこがであるにも拘らず。


「呪文借りるよ、とーさま!ウィンドケージ!」


 ラニは昨日父親が使った呪文を唱え、魔法を発動させる。

 しかし!魔法はアーティファクトが無ければ効果が劣ってしまう!


「お、わ、…のぉおお⁉」


 魔法の効果で多少勢いはそがれたものの、このままでは大怪我は免れない!

 あわや大惨事と思いきや、少女は前転しながら綺麗な着地をする。


「見たか!この五・点・着・地・法‼」


 嗚呼、なんと素晴らしい運動神経か!

 観客がいたならば歓声で沸いただろう。

 

 観客がいたならば、だが。

 それを悪用して、問題行動を起こしていなければ、だが。


「や~。魔法で飛んでこうかと思ったけど、無理だったか…ま、いっか」

「ふつーに飛び降りてもよかったし」

 

 少女は事もなげにそう言った。過去にも数度、同じような事をしているが故に。


「じゃ、見つかる前に退散退散~」


 言うが早いか、塀を飛び越え屋敷を後にする。

 少女はこれが後に、『名門貴族長女、失踪事件』と呼ばれることを知らずに。

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