第3話 その昔、再生の前

 屋敷の静かな一部屋にピシッと音が響く。

 指示棒を壁に叩きつけた音だ。


「じゃ、まずは歴史の勉強ね」


「ほ~~い…」


 ニーニャさんや、アタシの妹ながら何がしたいんでしょう。

 いや家庭教師の代役を買って出て、勉強会をするのは分かってるけども。

 割と形から入りたがるんだよなぁ……眼鏡なんてどこにあったんだか。

 家庭教師よりかは、分かりやすく教えてくれるからいいけどさ……


 などと考えながらラニは席に着く。

 そもそも勉強自体が嫌いな彼女は、頬を膨らませながら教本を開く。

 これではどちらが姉なのだか。


「昔の話に何の意味があるのさ~…」


 机に体をべったりとつけながらの発言。

 早速ボヤくラニであったが、待ってましたと言うように、勉強会が始まる。


「昔があるから今があるの!今の暦はなんて呼ばれてるか、分かる?」


「そりゃ再世暦、でしょ?今年は802年。知らない方がおかしいじゃん」


 ラニは肩をすくめながら、得意顔で答えた。


「じゃあその意味は?」


 ニーニャの鋭い切り返しに、得意顔から苦い顔に変わった。

 当然、知っていない。


「え~……っとぉ……」


「再生の世の暦、って意味なのよ」


 出かかってたのに~、と誤魔化す姉。

 それをはいはい、となだめる妹であった。


「昔の人たちがね、世界が滅びかけたけど頑張ろう!ってこの名前にしたのよ」


「へぇ~…」


 興味が無さそうな返事に、ニーニャはとっておきの切り札を使う。

 机の上に準備しておいた、古びた本を両手で持つ。


「その滅びかけた理由がこの『勇者と魔王の大戦』に書いてあるの!」

「なんと!魔王が世界を滅ぼそうとしたからなの!」

「これはただの作り話やおとぎ話じゃない!真実だったのです!」


 ラニはお気に入りの本『勇者と魔王の大戦』を突き付けられて、体を起こす。

 それは二人が昔、絵本の替わりにしていた、各地の風景画と言い伝えを纏めた物。

 名前の通り、勇者と魔王についての逸話が多く、英雄譚としても読めるのだった。

 元々は父親の書斎にあった真っ当な考古学の入門書だったが……

 いつの間にかくすねられて、ニーニャの机にねじ込まれていた。


「ホントに…?勇者がいたの⁉ホントのホントウ⁉」


 ラニはおとぎ話と思っていたものが現実になった喜びで、目を輝かせる。

 ニーニャはさらに畳みかけていく。


「そう!それにアーティファクトもその時代に既にあったの!」


「お父様のも⁉そんなに古かったの⁉」


「ええ!別の本に、魔王の軍勢と所有者が戦った話があったわ!」


 ニーニャは驚愕する姉を微笑ましく思いながら続ける。


「分かった?どんな昔の人や物でも、今の私たちに大きな影響があるって」


「むぅ……認めざるを得ない」


 ラニは口を尖らせているが、先程より意欲に満ちている。

 これならちゃんと覚えるだろうとニーニャは安心した。

 この姉は(興味を持てば)物覚えはいいのだと、半ば諦めた様に理解していた。

 そして自分が、そんな手のかかる姉を大好きだという事も。

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