CHAPTER0

過去Ⅰ

 朝まだきの群青のなかを、黒い影が踊る。細い一筋の噴煙が。沈黙は夜のように周囲を覆う。皺の寄った母の指先が子の両目を覆おうとして、さまよった。

 あるいは、生涯を通して忘れてはならぬ光景と思ったのかもしれなかった。

 人々の喧噪は聖書の大雨よりもけたたましく、熱砂の嵐へと形を変えてゆく。

 父親の頭を弾丸が貫通した瞬間を、ホセは見ていた。

 あれ以来、ホセは自分のなかで決定的に、暴力の気質が根付いたのだと考えている。父親が殺された瞬間の熱狂に、今なお囚われている。舞台の上で過去を再演し、尽きることのない悲しみと情熱を見つめ、謳歌するようになる。


 国民的英雄にして国民自由同盟の党首サバスティアン・サパタの暗殺劇は、今なお犯人が知れず、保守党支持者によるものとも、単に精神異常者の犯行だとも言われている。彼の死はそれから数年後に勃発する甘蕉かんしょう戦争の遠因になったともされ、その影響力の大きさは計り知れない。

 甘蕉戦争終結後、政権は保守党の手に戻されるが、その寡占政治の下で、国民自由同盟・共産主義者の反抗が続き、国内の暴力行為が絶えることはなかった。さらにはクーデターを起こして政権を握ったシプリアノ将軍によって政情は混乱を極めたが、この体制はわずか十年で終わりを迎える。

 サバスティアンの訴えた非暴力による自由党の権利拡大の実現には、その死から五十年以上の月日を――将軍の失脚を待ち結成された保守党と国民自由同盟の共同戦線の協定によって決められた、二大政党が一定期間で政権を交替する取り決めを待たねばならなかった。この体制終了後も、マタラトン共和国では二大政党の政権持ち回りが慣習化するようになる。

 この実質的な連立政権樹立に至るまでの政治的混乱を回顧する時、人はこう表現する。


 ――暴力の時代ビオレンシア

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