幽世

こたろう

本文

森の入口に鳥居。奥に進むと昼間でも薄暗く異様な空気が漂っている。

最奥には古いお堂がポツンと建っている。お堂の扉が独りでにギーと開く。

お堂の扉の奥は真っ暗。この世のものとは思えない呻き声が響いてくる。そして、扉をガシッと掴む手。


美代子、透の隣に布団で寄り添うように寝ている。

美代子、透の頭を撫でながら、優しく微笑む。

「透、オソロシドコロには近づいてはダメだよ」

「どうして?」

「あそこは神聖な場所で、この世の場所ではないからだよ」

「そこに入ったら、どうなるの?」

「それは、お父さんと会えなくなるんだ」

「それは嫌だ。でも、お母さんとは?」

美代子、微笑みながら透を優しく抱き寄せる。

「お母さんは、透をずっと見守っているからね」

透、美代子の腕の中で目を瞑る。

美代子の右手の甲には五芒星が描かれている。


透、布団で寝息をたてている。

カーテンの間からの日差しが透の顔に差し込む。

目を覚まし、目を擦る。眠気眼で周りを見渡す。

「お母さん?どこ?」

立ち上がり、キッチンへとぼとぼと向かう。

「お母さん?お母さ~ん」

返事は聞こえない。無上にも透の声だけが部屋に響く。

目に涙が溜め、各部屋を慌てて、見て回る。

「お母さん、お母さん、お母さん」

震える声が家中に響き渡る。

洋一が寝室から出てくる。

「透!」

洋一、透を抱きしめる。涙を流しながら。

透、振りほどこうと暴れる。

洋一、強く抱きしめ、動きを止めようとする。

「透、ごめんな、ごめんな」

涙が頬を流れ、腕に滴る。

「母さんは、この島のために…島のために…」

透、洋一の腕の中で泣き叫ぶ。

「お母さ~ん」


食卓で呆然と座っている、透。

洋一、透の前にハンバーグが盛り付けられた皿をそっと置く。

「今日は透が好きなハンバーグだ」

上の空の透。頑張って笑顔を作ろう洋一。

「どうした?お腹空いていないのか?」

透、俯いたまま。洋一、心配に椅子に座る。

洋一、フォークとナイフでハンバーグを切り分けて、食べる。

黙々と食べる。突然、思い出したように立ち上がる。

「そうだ、チーズ乗せるか?チーズ好きだろう。待っとれ」

洋一、冷蔵庫でガサガサと漁る。

透、顔を上げ、口を開く。

「オソロシドコロ…」

立ち上がり、部屋を急いで出る。

洋一、薄いチーズを手に持ち帰ってくる。

「やっと見つけたよ、これでおいしく…」

誰も居ない椅子を見つめる。

「透?おい、透?」

慌てて玄関を見に行く。

玄関には大きい靴のみ置かれていた。

「透」

靴を履き、家を飛び出す。


透、必死に走る。汗が頬を伝う。

「お母さん、お母さん」

暗い道に多くの電灯の光が続いている。透を導くように。


鳥居の前に、透が立ち尽くす。息を切らして。

鳥居の奥は暗闇が広がっており、奥が見えない。

透、息を整えるが、震えている。

「お母さん、ここにいるの…?」

透、一歩前に足を出し、鳥居を越える。

風が吹き、風音が唸る。人の呻き声のよう。

「お母さん」

透、走り出し、先に進む。暗闇に飲まれ、姿は見えなくなる。

必死に走る。暗闇が続くばかり。

走っていると、躓き、転ぶ。だが、痛みを堪え、立ち上がり、直様走り出す。

走っていると、突如暗闇からお堂が現れる。お堂の前に立ち止まる。息を切らして。

「お母さん、お母さん、ここにいるの…?」

お堂の扉が勝手に静かに開く。

透、驚くが、勇気を出して、扉に近づく。

扉の中を覗き込むが、さらなる暗闇が続いている。じっと見つめる。

「お母さん…?」

暗闇から、手が伸びてくる。透が驚き、後退る。だが、透の腕を掴み、暗闇に消えていく。


暗い森の中、多くの人ならざるもの達が木の陰から覗いている。

見つめる先は木漏れ日に倒れている透。呻き声を上げながら、近づく人ならざるもの達。

一人の人ならざるものが、透に手を伸ばそうとする。

暗闇の奥から後光が差し込んだ誰かが歩いてくる。透の目の前で足が止まる。

人ならざるもの達は森の中へ逃げ込む。

「透…」


荒れ果てたリビング。食卓で顔を伏せて寝ている洋一。

窶れた顔、白髪交じりの頭。

床には、紙が落ちている。その紙には「大友透を見た人は連絡お願いします」と記載され、透の顔写真が貼られている。

静かなリビングにチャイムが鳴り響くが、洋一は顔を伏せたまま。

チャイム音が再度鳴り響く。洋一、不機嫌そうに起き上がり、インターホンに出る。

「…もしもし」

「あっ出たよ」

遠くから聞こえる如く、小さい女性の声が聞こえた。

「ごほん。私、テレビ長崎の沖田と申します」

男性の声がはっきりと話しかけてくる。

洋一、覇気がなく応える。

「テレビ局がうちに何でしょうか?」

「透くんの失踪の件でお伺いしました」

「はぁ?いたずらならお引取りくださ…」

「そう言わずに聞いてください。我々なら透くんを見つけることができます」

「はぁ…?」


膝の上で寝ている透。目を開けると美代子の優しい顔が目に入る。

「お母さん…?」

透、目に涙を溜め、美代子を強く抱きしめる。

「お母さん」

美代子、躊躇するが、透を抱きしめる。

「透、ここに来てしまったんだね…」

透、急ぐように美代子の手を掴み、手を引こうとする。

「お母さん、お家に帰ろう」

美代子、曇った表情をする。

「透、お母さんはもうお家に帰れないの…」

「どうして?」

「お母さんにはやらないといけないことがあるんだよ」

「そんなの関係ないよ、一緒に帰ろう、ね?」

美代子、首を横に振る。

透、涙を流す。

「お母さん…」

美代子、透の肩をガシッと掴む。

「お母さんはここから離れないけど、透はここに居ちゃいけない存在なんだ」

「嫌だ、お母さんと一緒にいる」

「駄目だよ、お父さんが悲しんでしまう」

美代子、目から涙が溢れる。

「お母さんの最後の願いよ、お父さんと幸せになって」

透、目を逸らす。

美代子、透の顔を両手で掴み、顔をこちらに向けさせる。

「透」

透、涙を流しながら、決心した目で頷く。

美代子、優しく微笑む。

「そうよ、お前は強い子だ。でも、会いに来てくれて嬉しかったわ」

「お母さん…」


ディレクターの落合とADの田井中、カメラマンの長尾、そして霊能者の寺尾が洋一を連れ、森の側を歩いている。

落合が寺尾ににじり寄る。

「先生、こちらの森の中ですか?」

「えー、ここです。この森は幽世と通じる穴があります。その穴に透君が取り込まれたのだとと思われます」

洋一、寺尾の肩を掴み、充血した目で迫る。

「本当にいるんですよね?透に会えるのですよね?」

「会えるかどうかはあなたの想い次第です」

「想い?」

「念じるのです、透くんと逢いたいと。そして私がその想いを透くんに届けるのです」

「本当にそれだけでいいんですか?」

「想いの強さが貴方達を引き合わせるのです」

寺尾は洋一の肩に手を置き、優しく微笑む。

洋一、目に涙を浮かべる。

寺尾、洋一から離れ、険しい顔で皆に語りかける。

「皆さん、この森はオソロシドコロと呼ばれ、神聖な場所です。普通は一般の人は踏み込んでは行けない場所。儀式は森の入口の前で行います、いいですね?」

落合が首を傾げる。

「神聖な場所というのはわかりましたが、入ったらどうなるんですか?先生」

「入ってもあることをしなければ、安全に戻ってこれます」

「やってはいけないこととは?」

「転ぶことです。転ぶと幽世に連れて行かれます」

「へぇー、そうなんですか…」


洋一達は鳥居の前に立ち尽くしている。

鳥居の奥は暗闇が続いている。

長尾がカメラを肩に担ぎ、撮影を始める。

落合、汗が頬を伝う。

「なんというか、この世の雰囲気ではないですな」

寺尾が落ち着いた様子で、一礼する。

「これがオソロシドコロ、人が踏み込んではならない神聖な場所です」

落合、唾をごくんと飲み込む。

「思っていたより、雰囲気あるな、ははは」

落合、田井中を鳥居の中に指を指す。

「おい、田井中から入れよ」

田井中、驚く。

「えっ、おれからっすか?」

「あぁ、行けよ」

「む、無理っすよ」

「いいから、行け!」

「わ、わかりましたよ…」

田井中、渋々歩きだす。

「くれぐれも足元には注意してください」

寺尾、睨むように落合と田井中に話しかける。

田井中、弱々しく震えた声で口を開ける。

「は、はい…」

田井中、足が震えながら、歩き出すが、鳥居の前で尻込みする。鳥居を超えるのを躊躇している。

だが、落合が田井中の背中を押す。田井中は蹌踉めき、鳥居を潜る。

田井中、過呼吸のように息切れし、立ち尽くす。

「や、やめてくださいよ」

落合、落ち着きを取り戻し、鳥居を潜る。

「よし、何もないな。奥へ行くぞ」

寺尾、洋一、長尾が続々と鳥居を潜る。

田井中はおどろおどろしく、怖がっている様子だったが、落合達と共に歩き、一同暗闇の中へ消えてく。


お堂の扉が開いている。扉の奥、暗闇の中からからこの世のものとは思えない呻き声が漏れている。

田井中が青ざめた様子で扉を指差す。

「と、扉が開いている…と、透君はこの中に…?」

「そのようです。ですが、このままではあちらの世界の邪悪な者達が出てきてしまいます」と寺尾が数珠を片手に拝みながら答える。

「なんだと」と落合が大声で驚く。

洋一、怯えるようにお堂を見つめる。

「美代子が、妻が、抑えてくれているはずだが…失敗したのか!?」

寺尾が洋一に詰め寄る。

「奥さんが?奥さんは何者なんですか?」

「妻は、この島の陰陽師なんです。五百年に一度オソロシドコロの扉の封印が解け、幽世からこの世に悪霊がなだれ込んできます。それを代々封じていたのは妻の家系です…」

「それで奥さんは、封じるためにあの扉にいると?」

「はい、妻は幽世で悪霊達を抑えていると思います。人柱のようなものです」

「だから、透君は奥さんを追って、あの奥に…」

寺尾、その場に座り、片手に巻かれた数珠を胸の前に構える。

「一刻も早く、透君を助けなければ」

そうゆうとすぐに寺尾はお経を唱え始める。

落合が大声で怒鳴る。

「ちょ、ちょっと勝手に始めるなよ。おい、長尾、カメラ準備しろ。田井中、照明」

長尾と田井中は慌てて準備をする。長尾はカメラを寺尾に向け、田井中は照明装置の電源をつける。

寺尾がお経を途中で止める。

「旦那さん、透君をこちらに呼びかけます。私だけの念だけでは届きません。旦那さんも透君のことを一緒に念じてください」

「は、はい」

洋一、寺尾の隣に座り、胸の前で両手を合わせて、目を瞑る。

寺尾、お経を唱えるのを再開する。

お堂の扉がガタガタと揺れ、カメラの画面にはノイズが走り、照明装置がチカチカとする。

「な、なんだ…」

田井中、後退りする。しかし、黒い手が田井中の足首を掴み、田井中は転ぶ。

「うわぁ」

「お、おい…ここで転んだら…」と落合が震え、青ざめながら声を漏らす。

田井中、恐怖し、その場で震えている。

すると、扉の奥から手が伸びてきて、田井中を引きずり込む。

「や、やだ、死にたくない」

田井中は暗闇の中に消えていった。

「こ、こんなところ入れるか。死ぬもんか」

落合と長尾は走って逃げる。

寺尾と洋一は集中し、お経を唱え、念じている。


美代子、透を抱きしめ、泣いている。

美代子、涙を袖で拭う。

「よし、ここを出よう。そのためには透の想いが必要なんだ」

「想い? 」

「そう」

「どうすればいいの? 」

「お父さんのことを想い、念じれば、道が開かれるわ。そうすれば、ここから出れるから」

「念じる?」

美代子は胸の前で両手を握り、目を瞑る。

「こうして、お父さんのことを念じればいい。やってみて」

透、美代子の真似をして、両手を握り、目をぎゅっと瞑る。

「そう、念じてみて」

透は必死に念じている。辺りの木々の枝が風で揺らぎ、木の陰に隠れる人ならざるもの達がざわつき始める。

木の奥の暗闇から木漏れ日のように微かな光が透に届く。

「そうもっと、もっと念じてみて」と美代子が力を入れて語りかける。

瞼が潰れるがごとく強く瞑り、更にぎゅっと手を握る。

段々と透に照らす光が強くなっていき、光の奥で扉が開く。

美代子が喜び、透を抱きしめる。透が驚き、扉の向こうを交互に見つめる。

「お父さんと通じたんだよ……」

「お父さん……」

美代子の腕を優しく振りほどき、美代子に向き直す。美代子、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。

透、美代子の手を握り、涙を一粒頬を撫でる。

「お母さん、ぼく強くなるよ」

「……あぁ」

透、光の方へ振り返り、一歩前へ出ようとしたら、足が震えて、止まる。

美代子は透の背を優しく、ポンと押す。透は一瞬振り返り、笑顔見せて、歩きだす。一歩一歩と。

美代子、涙を流しながら、手を振り続ける。

透は前を向いて、歩き続ける。唇を噛み、涙を一粒一粒溢れる。

透は光の中に包まれ、扉の外へ一歩足を踏み入れる。


寺尾と洋一はお経を唱え、念じている。

ところが突然、開いた扉の奥から眩いほどの光が漏れ出してくる。

「こ、この光は……」

洋一は驚きのあまり、お経を唱えるのを辞め、ゆっくりお堂に歩み寄る。

「この光、向こうと繋がったか!? 」

寺尾も驚き、光の先を見つめる。

すると、光の中から透が飛び出してくる。そして、お堂の前で、転びそうで危なげなく着地した。

洋一が透に驚きの顔を浮かべながら、ゆっくり近づいていくる。

「透、透なのか? 」

透が洋一に気づき、涙を拭く。間髪入れずに、洋一に駆け寄り、抱きつく。

「お父さん、お父さん」

洋一が透を引き剥がし、透の前に片膝をついて、両手で腕をガシッと透の腕を掴む。何度も透の身体を確かめるように触れた。

「本当に透なのか? 」

「そうだよ、お父さん」

「でも、この姿……」

「姿? 」

「十年前と変わっていないじゃないか」

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幽世 こたろう @cotaro4310

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