3—2


「すみません。一口に霊能者と言っても、あまりに偽物が多いので……こうするしかなかったんです」


 永津はタバコの火を足で消すと、深々と友野に頭を下げた。


「あの女に……あの女に対抗するには、本物が必要だったんです」

「あの女……?」

「叔母の明美です。俺の父と、母を殺した————友野先生も、叔母に憑いている父の霊が見えていたでしょう?」


 永津は、正直に何が起きたのか話し始めた。


「俺が、父の姿が見えるようになったのは、なぎさの葬儀の後でした————」




 ◇ ◇ ◇



 俺が十歳の頃、突然家を出た父は、七年間消息不明で、法律上死んだことになったのは俺が十七歳になった頃でした。

 それまで、祖父母と叔父夫婦と変わらず暮らしていましたが、叔父が病気で入院することになった時、俺は偶然、見てしまったんです。


 ずっと、顔さえ教えてもらえなかった、俺の母の写真を、叔父さんが大事に持っていたんです。

 俺はてっきり、叔母さんの若い頃の写真なのだと思っていました。

 でも、叔父さんは死に際に教えてくれました。

 それが、俺の母の写真なのだと。

 これまでずっと、写真を見せてもらえなかったのは、祖母との仲が良好ではなかった為だと思っていました。

 息子を置いて出て行った最低な女だと、いつも温厚な祖母が母のことを悪く言っている場に遭遇したことが何度もありましたから……


 けれど、真実は違いました。

 母は、祖父と体の関係を持っていたそうです。

 父がいない間、祖父が母を無理やり……————叔父はそのことに気がついていたけれど、祖父が怖くて黙っていました。

 俺が生まれたのはそのあとのことで、何も知らない父は当然自分の息子だと思って俺を引き取りました。

 母の分も、俺を育てようと必死に生きていたそうです。

 でも、俺が十歳の頃、叔父はうっかり酒の席で父に話してしまったそうです。

 俺が、父の子供ではなく、祖父の子である可能性があること……

 それから、俺を産んだ後、母は自ら命を絶とうとしていたこと……


 父がいなくなったのは、その後でした。

 きっと、遺伝子検査の結果、親子関係が成立せず、兄弟という結果が出たのではないかと……

 それで父は事実に耐えかねて家を出たのではないかと……


 そんな話を聞いてしまって、俺は衝撃を受けました。

 この村の村長である祖父を、俺は尊敬していたし、慕っていましたから。

 それが、本当は父親かもしれない。

 そう思うと、なんて家に生まれてしまったんだろうと、この村も、何もかもが嫌になって、逃げるように大学へ進学しました。


 そこで、なぎさに出会って……

 結婚して、なぎさの家の婿養子になろうと思いました。

 でも、祖父と祖母に猛反対されて————


 渚は命を絶ちました。

 両親の話では、自殺だという話で……

 転落死でした。

 自宅のマンションの屋上から、飛び降りたそうです。


 大学を卒業して、俺はこの村に一人で戻るしかありませんでした。

 就職先は決まっていましたが、とても働けるような状況ではありませんでしたから。

 そして、その時、気がついたんです。


 叔母の後ろに、仏壇の父の顔と全く同じ顔をした霊がいることに。

 最初は、なぎさを失ったショックで、おかしくなっているだけだと……そう思っていました。

 それまで見えていなかったものが、急に見えるようになったんです。

 交通事故があった場所で、血だらけの少女の霊を見たり、尻尾が二本ある猫とすれ違ったり……

 隣の家に住んでいるじいさんが死んだ時は、体は霊柩車に乗せられて運ばれて行ったのに、半透明のじいさんが何事もなかったかのように、いつものように畑仕事をしているのを見たり……


 外に出るのが怖くて、ずっと引きこもっていました。

 でも、叔母に無理やり連れられて、ずっと世話になっているという遠縁の精神科の医師と会って、俺の目に見えているものが、本当に父の霊であると確信したんです。


 その精神科の医師は、叔母の後ろにいる霊にはまったく気に留めていなかった。

 それどころか、その医師の背後に、もっと多くの霊が張り付いていました。

 偽物の霊能者なんだと、気がつきました。


 父の霊が、俺に言ったんです。


『この女のせいで、俺は死んだ。弟も……親父も殺される』


 初めは信じられなかった。

 でも、俺は見てしまったんです。


 叔母が、あのイノシシ岩の崖から何か口論していた祖父を突き落としたところを————



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