終章 亥の刻

3—1


「これは……確かにすごいですね……」


 21時になる少し前、友野と渚は煌びやかな照明に照らされているイノシシ岩を見上げた。

 多くの人が目撃している、この村の中央に伸びている一応、大通りから。


 事前に聞いてはいたが、崖の上だけまるでダンスホールのように、キラキラに輝いている。

 紫、ピンク、青、黄色、緑など、様々な色に変化しながら、LEDのイルミネーションがキラキラ……


「こんなのが毎晩点灯してるなら、流石に見ない方がおかしいですよ」


 渚のいうとおり、誰もが目を引く。

 イノシシ岩云々より、この綺麗なイルミネーションを観光の目玉にすべきじゃないかと思うくらい綺麗だった。

 暗闇に浮いている異空間。


「あの上でカラオケ大会とかしたら、盛り上がりそうですね」

「確かに……」


 しばらくその美しさ————というか、異様さに唖然としてると、イノシシ岩がある崖の上に、確かに人影のような……誰かが立っているように見えた。


「あ! 本当に、誰かいますよ!?」


 渚は興奮気味にそう言って指を指したが、不思議なことに、あれだけ照明が当たっているのに、なぜかその人物の姿ははっきり見えない。

 黒い影のような、人間のような形をした何かが、イノシシ岩の前で踊っているように見える。


 それはやがて、落下防止のために設置されている崖の柵の前まで来ると……


「えっ!?」


 落ちた。

 崖の下に、頭から転落して、どしゃりと鈍い音が響く。


「ええええっ!?」


 本当に、誰かが落ちた。

 渚はそう思って、崖の下まで駆け寄る。

 しかし————


「え? あれ?」


 そこには何もない。

 人が落ちたはずなのに、誰もいない。

 人ではなかったとしても、仮にそれが人形か何かだったとしても、そこには何も落ちていなかった。


「せ、先生!! これが噂の霊障ですか!? 今、確実に落ちましたよね!?」


 落下地点であろう場所に近づく渚。


「ナギちゃん、ストップ!」

「えっ」


 友野にそう言われ、渚が足を止めると、渚の頭上からまた、人のようなものが落ちてきた。


 どしゃり。


 地面に落ちたそれは、女性のような、男性のような……なんとも言えない姿の黒い人影。

 目と口の場所が、何となくわかる。

 地面に落ちたそれは、まるで熱い鉄板の上で氷が解け蒸発するように、跡形もなく消えてなくなってしまった。


 そして、また、数分後、同じように何度も、何度も、何度も岩の前で踊っては、落ちる。

 落ちては消える。

 落ちては消える。

 踊って、落ちて、消える。

 それをずっと、繰り返していた。


「これはきっと、ここで亡くなった誰かの念が具現化したものだよ。誰か死んでいるんだ。この崖から転落して……————」


 庄司から聞いたイノシシ岩の伝承では、この村に住み着いたまたぎの男と村の娘が、二人で心中したという話だった。

 けれど、どう見ても落ちているのは一人だけ。

 同じことを、何度も繰り返している。


「この照明が設置される、ずっと前からじゃないかな?」

「照明が設置されたのは、進次郎さんが村長だって、勝手に名乗ってからですよね? どうして……?」

「誰かに見せつけるため……とか?」

「誰か……? ここで亡くなった人を、殺した犯人とかですか?」

「わからないけど……一つ気になることがある」


 どしゃり。

 どしゃり。


 何度も落ち続ける人影。

 渚には、男女の判別はつかなかったが、友野にはその人影の顔がはっきりと見えていた。


 女性の顔だ。

 それも、どことなく、永津進次郎に似ている。


「永津進次郎の母親は、今どうしてるんだろう」


 進次郎が生まれて間も無く、母親は離婚して家を出ていると聞いた。

 しかし、この現象が指しているのは、その母親がここで死んだのではないか————そう思わずにはいられないものだった。


 どしゃり。

 どしゃり。

 どしゃり。


「————ああ、やっぱり、あなたは本物なんですね」


 タバコの匂いがして、振り向くと、そこには永津進次郎が立っていた。


「見えるんでしょう? その人の————母の顔が」

「……永津さん、これは一体、どういうことですか?」



 どしゃり。


 永津進次郎は、おかしくなんてなっていない。

 演じていたのだ。


「試すようなことをして、申し訳ありません。友野先生。私はずっと、本物の霊能者を探していたんです」



 自分と同じものが見える、本物の霊能者を————



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