3—3
一体いつの間にマルチーズがこの部屋に入ったのかわからず、南川は慌てて録画していた映像を見直した。
Yonaが外出したのは、江中が散歩から戻ってくる五分ほど前。
一応変装しているのか、帽子とマスク、それにオーバーサイズのパーカー。
下は短いハーフパンツを履いているのだが、パーカーの下にすっぽり隠れていて、見えない。
鞄は持っておらず、手にはスマホ一台のみ。
戻ってきたのは、この配信が始まる少し前。
左手に近所のコンビニ袋をぶら下げて帰って来た。
あのマルチーズが江中の飼っている犬と同じなのであれば、マルチーズはこの時Yonaの部屋に入ったのだろうが、玄関前にある手すりがカメラの丁度死角になっていて、その瞬間を収めることはできなかった。
『お待たせー! もう、割り箸見つからなくて焦ったよぉ。そろそろ無くなりそうだから、ほしい物リストに入れとくね。あ、あとぉ、またこの子と暮らすことになったの』
Yonaはマルチーズを抱き上げて、カメラに顔を向ける。
『可愛いでしょ? お友達にあげたんだけどぉ、なんかやっぱりいらないって言われちゃって……————ひどいよねぇ。命は大切にしないと』
そう言いながら、骨つきの唐揚げにかぶりついていた。
『んー……やっぱりお肉美味しいぃ』
コメントを読み上げつつYonaはいつものように視聴者とコミュニケーションを取り始める。
「これの何がいいんだ? ただ、女が飯を食ってるだけじゃないか」
東はなんで人気があるのかさっぱりわからず首を傾げ、眉間にしわを寄せた。
南川は鼻の下を少々伸ばしていが、次々と流れてくるコメントの中に御子柴と思われるアカウントからのコメントを発見する。
《@shivaKEN348:ごめん、失敗した》
《@shivaKEN348:あの女、あそこにあるの多分わかってる》
《@shivaKEN348:入れない。ごめん。ごめんなさい》
《@shivaKEN348:許してください》
Yonaも他の視聴者も、そのコメントには一切触れずに配信は続く。
そこへ、東の携帯に連絡が入った。
「え……? 御子柴が……————?」
江中の家を捜査していた刑事からだ。
御子柴と思われる男の死体が、204号室から発見された。
こちらは首元に何か動物に噛まれたような跡があったらしい。
◆ ◆ ◆
ですから、何も知りません。
あの人、死んでいたんですか?
普段から何も喋らない人でしたから、気がつきませんでした。
あの人、私に内緒で、勝手にあの部屋を魔女に売り払ったんです。
あそこは、私の息子を住まわせようと買った家だったんです。
それを勝手に、私には何も言わず他人に貸したりして……
挙げ句の果てに、急に売りに出してしまったんですから。
私は、ただあの部屋を取り戻したかっただけです。
あんな汚らわしい女に、あの部屋に住んで欲しくなかった……ただ、それだけですよ。
魔女みたいなあの女が、全部悪いんです。
401号室の旦那さんと504号室の旦那さんが死んだのも、あの魔女のせいなんですよ。
あの魔女が、二人を死に追いやったんです。
私知ってるんです。
401号室の旦那さんも504号室の旦那さんも、あの女と浮気してたんですよ。
あの501号室で。
私の501号室で。
あの部屋は、息子のための部屋だったのに、それなのに————
あそこにいるんです。
私の息子が……あそこにいるんです。
早く追い出してください……!!
息子があそこにいるんです!!
◆ ◆ ◆
事情聴取で、江中は同じ話を何度も繰り返していたらしい。
そして、御子柴の死体に関しては、何も知らないの一点張り。
きっと御子柴も魔女に————麻里子に殺されたんだろうと主張し続けた。
そうなると、刑事としては麻里子に話を聞くしかない。
東と南川は友野を連れて、隣の501号室を訪ねた。
「まぁ、警察の方が私に何か……?」
「204号室で見つかった遺体の件で、お話を伺いたいのですが」
玄関から出て来た麻里子は、室内だというのにサングラス、そして全身真っ黒な服を着ている。
みんなが言う通り、確かに魔女に見える高い鼻。
目元が見えないせいもあるのだろうが、これで純日本人というのは確かに信じられないと、友野は思った。
「え……? 204号室で遺体……? 一体、誰の?」
部屋から一歩も出ていなかった麻里子は、204号室での事件のことは全く何も知らなかったようで首をかしげる。
「……————この人と、面識はありますか?」
南川が御子柴の写真を見せると、麻里子は大きな声で言った。
「ああ、この人……!! 私の部屋の前をうろついていた人だわ!!」
その時、部屋の中からガタッと何かが動く音が聞こえる。
友野はすぐに視線を音が聞こえた方に向けたが、そこには誰もいない。
けれど、何か妙な気配を感じずにはいられなかった。
とりあえず、501号室の中に入れてもらい、そこで初めて初めて気がついた。
天井だ。
この部屋の天井の上に、何かいる————
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます