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一応、近所を探したがマルチーズは見つからなかった。
渚はマンションの住人たちにも話を聞いたが、誰一人、見ていない。
江中の逮捕当時、ちょうどマンションの入り口の前を掃除していた管理人の話によると、確かに江中はマルチーズを抱いて帰ってきた。
少なくともマンションの正面入り口から出てきた……ということはなさうだ。
「————それより、本当に江中さんの旦那さん亡くなってたんですか?」
「ええ、死後、少なくとも二ヶ月以上は経っているそうです。びっくりですよね、まさか死体と一緒に……あんな部屋で暮らしてたなんて」
「しばらく見てないから、変だとは思っていたけど……まさか、こんなことになるなんて……」
管理人はショックで少しよろけながら、管理人室の椅子に座った。
「管理人さんは、江中さんとは仲が良かったんですか?」
「いやいや、そこまでの付き合いはないよ……ただの管理人と住居者の関係だけで————思い出して見ても最後に会ったのは、多分、501号室の契約の時くらいかなぁ」
「501号室の契約……? それって、葛城麻里子さんの部屋の……?」
「うん、実は501号室は、葛城さんが買う前は江中さんのだったんだ。旦那さんが老後の資金作りのためだってオーナーをやてった。家賃収入でいくらか儲けていたよ。でも、半年くらい前かな? 急に売りに出したいって言われてね……契約の手続きは任せるって言われて————書類関係は全部揃っていたから、募集をしたら割とすぐに葛城さんが買って、引っ越してきた」
江中の旦那を管理人が見たのは、その時が最後だったという。
「……そういえば、江中さんの話好きがすごくなったの、その後からだったかもしれないな」
「え……?」
「ほら、あのマルチーズ。飼い始めたのは半年くらい前なんだよ。だから、501号室を売ったお金でペットを飼い始めたのかなーと思ってたんだけど……あそこのご夫婦、去年息子さんを亡くしていて、子供も孫もいなかったから……」
このマンションは、分譲のためペット禁止のマンションではない。
犬や猫を飼っている人も多くいる。
息子を亡くした寂しさを紛らわすのに、飼い始めたのだろうと管理人は思っていた。
「旦那さんは寡黙でおとなしい人だったから、特に変わった様子はなかったんだけどね……————あのマルチーズを飼い始めてから、江中さんはこれまで以上に話好きになったんだよ。最初は、もう吹っ切れたのかなと思っていたんだけど……限度ってものがね————少し、異常だった」
旦那がどうして死んだのかはまだ不明だが、死体を放置して、部屋の中もあの状態だった。
精神的におかしくなっていても、不思議ではない。
* * *
一方、502号室に戻った友野と東。
南川たちに204号室での出来事を話した。
「殺人ですか?」
「いや、まだわからない。病死の可能性もある」
夫婦仲がどうであったかは知らないが、旦那の遺体をそのまま放置し、しかもその上にゴミを積んで隠していたというのは、正常な人間のすることではない。
病死だったとしても、きちんと供養しておけば、他の三人が道連れで死ぬこともなかったかもしれない。
「まぁ、向こうは別の班に任せる。俺たちは、俺たちの事件を解決させるぞ……何か動きはあったか?」
「Yonaちゃ……————芳川夏実にはなんの動きもありませんね。少し前にコンビニから帰ってきたくらいです」
相変わらず、Yonaにおかしな様子はない。
そこへ、南川のスマホに配信開始の通知が来る。
「チャンネル登録……しかも、通知もオンにしてるんですね」
「いや、これは、その! 捜査の一環で……!」
一緒に張り込みをしている他の警官から、冷ややかな視線を送られる南川。
焦ってごまかそうとしているが、ファンであることはもう隠しきれていない。
「とりあえず、生配信、見て見ましょう。何か喋るかもしれないですし……!」
南川はPCの画面を配信に切り替えた。
相変わらず、男性視聴者に媚びを売るような少し舌ったらずで甘えた声と谷間が見える画角で配信が始まる。
『こんばんわー! みんな元気?』
一斉にコメントが流れる。
次々とファンが集まってきているようで、あっという間に同時接続人数が1,000人を超えた。
『みんな今、夕飯時かな? Yonaもお腹すいたから、コンビニ行ってねお弁当買ってきちゃった。あと、明日おやすみだからぁ、お酒も。なんかぁ、新商品らしいよ。見て見て! かわいくない? このパッケージ、めっちゃ映える』
ピンク色の可愛らしいデザインの缶酎ハイを顔の横に持っていって、顔の小ささをアピールしている。
自分の可愛さを十分にわかって、わざとやっているのがバレバレなのだが、そこが可愛いとファンたちは盛り上がっていた。
「うわー……なんだろう、この既視感」
おそらく、渚が配信を始めたらこんな感じだろうな……っと、少しひき気味で見ていた友野。
こんな可愛いで固められた画角に、あのヤクザのような風体の御子柴が登場————なんて、ことが起きるわけもなさそうだった。
『あ、お箸もらうの忘れてた。もう、マジ最悪ぅ……ちょっと待っててね』
音声をミュートにして、芳川夏実は立ち上がる。
ハーフパンツからすらっと伸びた細い足が画面に映り、膝小僧に盛り上がるファン。
そして、ソファーだけが映し出されている状態であったのだが————
「え……?」
その画角に、ピンク色のリボンをつけたマルチーズが映り込んでいた。
江中が飼っているマルチーズによく似ている。
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