終章 化け物共

3—1


 江中が飼っているマルチーズ。

 麻里子の部屋の前にいた御子柴らしき男が抱いていたマルチーズ。

 そして、この写真に写っているマルチーズが同じマルチーズである可能性が出て来たため、友野たちは江中に話を聞こうと204号室を訪ねた。

 管理人の話では、江中はマルチーズを連れてまた散歩に出かけたようだが、旦那は在宅中のはずだ。

 ところが、何度かインターフォンを何度か鳴らしてみても、ドアを叩いて呼びかけてみても、全く応答がなかった。

 それに————


「なんか、少し変な匂いがしてません?」


 渚は不快そうに眉間にしわを寄せた。

 確かに、犬を飼っている家独特の匂いと一緒に、なんだか鼻にくる匂いがする。

 鮮度の落ちた魚のような……腐った肉のような……あまりいい香りとは呼べない。


「……腐敗臭に似ている気もするな」


 東も眉間にしわを寄せる。


「死後何日か経っている死体でもあるんじゃないか? そんな匂いに近い気がする…………あ」


 東が試しに玄関のドアを開けてみると、施錠はされていないなかったようで、ギィっと鈍い音を立てて開いた。

 綺麗に整理されている玄関。

 男性用の革靴が一足だけ玄関の隅に置いてあるだけで、他の靴はすべて下駄箱の中に収納さているようだった。

 この革靴以外は、綺麗に手入れされて埃一つも見当たらない。


「すごい綺麗ですね。余計なものが何にもない。江中さんって、綺麗好きなんでしょうか?」

「確かにそう見えるけど……それにしては、この妙な匂いは何だろう?」

「江中さん、入りますよ? 警察ですー」


 東が声をかけながら奥へ進んでいき、閉じられたリビングのドアを開くと、綺麗だった玄関とはまるで違う光景が広がっていた。


「————ゴミ屋敷?」


 まさに足の踏み場がないような、ゴミ屋敷。

 おしゃれなアイランドキッチンの上にはコンビニ弁当やカップラーメンの空、割り箸が刺さったままいくつも積み重なっているし、壁際には山積みのチラシや新聞、少量の飲み残しのあるペットボトル、ティッシュ、ペット用品。

 綺麗なのは、玄関のみで、どの部屋も人が生活しているとは思えないほどに汚れていて、物で溢れかえっていた。

 そして……


「せ、先生! あれ! あそこから出てるの、人の腕じゃないですか!?」


 渚が指差したのは、おそらく間取り的に和室。

 窓際にある介護用ベッドの上に積まれたゴミ袋の山。

 その山の間から、腐って変色した人間の腕が見えていた。


 ゴミ袋の山をかき分けると、出て来たのは首にロザリオをかけている男性の死体。

 腐敗が進んでいて判別は難しいが、おそらく、60代〜70代くらい。



「まさか……旦那さん……?」


 管理人が「ここしばらく会ってない」と言っていた、江中の旦那と年齢的に一致する。

 そして、何より————


「この部屋、事故の現場の上じゃないか?」


 死体が見つかった場所は、二人が転落死、自動車事故で今日一人が亡くなった事件現場に面した部屋だった。

 友野が見た、四本の腕のようなもの————四人死んでいるかもしれないと思った通り。


「やっぱり、もう一人死んでいた」



 * * *


 すぐに応援の刑事と鑑識が204号室に入る。

 散歩から戻って来た江中は、死体遺棄の容疑でその場で捕まった。


「ちょっと……! どういうことよ!? どうして、私を……!? 私が、何をしたっていうの!? 人の家に勝手に上がり込んで、一体なんだっていうの!?」


 江中は激昂していたが、刑事たちに抑えられ、手錠をかけられてあっという間にとパトカーに乗せられてしまう。

 死体を放置していたのだから、言い逃れはできない。

 鑑識の見立てでは、死後二ヶ月以上は経っている。

 死因はまだわからないが、殺人の可能性も十分に考えられる状況だった。


「しばらく会ってないって、管理人さんが言ってましたけど……そりゃぁ、会えるはずもないですよね」

「そうだな。おそらく、一番最初に亡くなったんじゃないかな? 転落死した二人は引っ張られたのかもしれない……ちゃんと供養されていないと、悪霊になって生きている人間を道連れにしようとすることもあるからね……」


 マンションの外へ出て、友野がもう一度、転落死した場所を見ると、死体が見つかったことで安心したのか、あの四本の腕は消えている。

 もうここで人が死ぬことはないだろうと、友野は思った。


「あの犬が穢れているように見えたのも、きっと、その影響だと思うけど……————って、そういえば、あのマルチーズは?」


 江中が逮捕された時、確かにマルチーズは一緒にいたはずだ。

 ところが、マルチーズは忽然と姿を消していた。


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