2—4


 渚は他の住人たちから一通り話しを聞き終わると、501号室に戻り、麻里子に他にあの場所で何か起きていないか聞いてみた。


「————自殺した二人以外に?」

「はい、その二人以外に誰かが亡くなってるって話は聞いていませんか?」

「うーん、聞いたことはないけど……」


 ホラーじみたものから事故まで色々とあの江中が住人たちに話しかけるせいで麻里子の耳にも届いているが、誰かが死んだ話は自殺の二件以外には聞いたことがない。


「あの二人以外にも誰かが亡くなっているなら、江中さんが話さないはずないと思うわ」

「やっぱりそうですよね……他の人たちにも聞いてみたんですが、同じことを言ってました。誰も知らないって……それにしても————」


 江中のあの異常なほどのおしゃべりを思い出して、渚は納得するしかない。

 それにしても、よくもまぁあんなに話し続けられるものだと思った。


「江中さんって、いつからああなんでしょうかね? すごい一方的にずーっとしゃべり続けて……さっきもエレベーターの前ですごかったんですよ。有る事無い事……」

「きっとそういう人なのよ。私が引っ越してきた最初の頃————というか、内見に来た頃にもあの人いてね……その時もずーっと話してた。どこどこで奥さんが買い物してたの見たとか、お向かいのマンションに住んでる幼稚園の先生が男を連れ込んで夜中までどうのこうのとか」


 江中はこのマンションの内情だけではなく、近所中の噂話を仕入れては広めているようだ。

 やはり一番の情報通でおしゃべりな江中が話していないなら、自殺した二人以外には誰もいないのだろう。


「麻里子さんが魔女だって話も、江中さんが言い出したみたいなんですよね。他の住人の方でも、同じようなことを言ってました」

「そうなの……? 一体なんで、ここまでするのかしら? 江中さんに目をつけられるようなことをした覚えはないのだけれど……」


 渚には、ただ麻里子の見た目が魔女のようだからということだけで、ここまでするとは思えない。

 追い出そうとしている理由がわからない。

 麻里子は顎に手を当てて考える。

 そもそも江中とはあまり話したこともない。

 自殺者が出る前は、普通だった。

 外見のせいで好奇の目で見られることはあったが……


「あ……でも、そういえば……」

「そういえば……?」

「噂が広がる前に、誰かがこの部屋の前をうろついていたのよね……知らない人だったから、前の住人の人に用があったのかなって、声をかけたんだけど……江中さんと同じ犬を抱いていた気がするわ」


 麻里子は思い出した。

 異変が起きたのは、その後のことかもしれない……



 ◆ ◆ ◆



 あれは、引っ越して二日ほどが経った頃。

 夜の九時を過ぎたところだったわ。

 どうしても九時まで営業しているスーパーで買うものがあって、閉店ギリギリに買いに行ってね、戻って来たときだったから間違いないわ。


 そうしたら、知らない男が立っていてね……

 なんというか、少し強面な感じ。

 パンチパーマにサングラスをかけていてね、ヤクザ映画にでも出て来そうな……

 可愛らしい白い犬を抱いていたのがあまりにミスマッチでおかしかったけど。


「あの、そこは私の部屋ですが、何かご用ですか?」


 私の知り合いにこんな人はいないし、そもそも、まだ引っ越して来たばかりで私がどこに住んでいるか知っている人も少ないわ。

 もしかしたら、前の住人の方に用があって来たのかと思ってね、そう聞いたんだけど、私の顔を見たら逃げちゃって……


 ピンクのリボンをつけていたから、江中さんのマルチーズと似てるなと思ったんだけど……


 多分、その後だったと思うわ。

 足音が聞こえるとか、叫び声が聞こえたとかって話が広がって、一人目の自殺騒動があって————

 それから、いつの間にか全部私のせいだってことになってた。

 魔女の呪いだって。

 魔女がこのマンションを不幸にしているんだって————早く出て行けって、そういう雰囲気にいつの間にかなってね。


 私は魔女じゃないって、弁明する場も与えてくれなくて……

 だからって、すぐにこの部屋から出て行くのもおかしいじゃない?

 私は何もしてないのに、本当に魔女の呪いがあるのなら、きっと、呪われてるのは私の方よ。

 私は何も、してないのよ?

 ただ、この部屋に住んでいるだけ。

 この部屋で生活をしているだけ。


 それなのに、出て行けって……

 私は魔女じゃない。

 魔女じゃないのよ。


 私は、魔女じゃなくて————



 ◆ ◆ ◆



「————私は、魔女じゃなくて」


 麻里子は感情的になって否定する。

 色の白い肌は、顔に血が上っているのがわかりやすい。

 顔を真っ赤にして怒っていた。

 キリキリと自分の唇を噛んで……


「ああ、ごめんなさい。あなたに怒っても仕方がないわね……」

「い、いえ。とにかく、麻里子さんは何も悪くないってこと、証明できるように頑張りますね!!」


 八重歯が、唇に食い込んでとても痛そうだなと……渚は思った。

 これでは魔女というより吸血鬼みたい————



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