2—3


 東が確認すると、事故を起こして入院中だった男性はつい先ほど容体が急変し、息を引き取ったそうだ。

 男性が死亡した時刻と、腕らしきものが増えた時間はほぼ一致している。


「ここで死んだ人の数だけ生えてくるのかも……この腕」

「え、でもそうなるとおかしいですよ? 自殺したのは二人ですよ? 四本あるなら、もう一人は誰ですか?」

「うーん、それはわからないけど……」


 渚はここに落下して死んだのは二人だと聞いている。

 他にも誰かがこの場所で死んでいるのなら、あのおしゃべりな江中が話していたに違いない。

 しかし、友野にはもう一人いるように思えてならない。


「何かの儀式……とか、呪術とかなのかな……? 西洋のものとかだったら、あまり見たことがないからよくわからないけど……本当に魔女の仕業かもね」

「そうなんですか!?」

「まぁ、とりあえずこのマンションの魔女の話は後。それより先に鶏の方を解決しないとね」

「えー……でも気になるじゃないですか」

「それじゃぁ、俺がこれを食べてる間にナギちゃんが情報を集めてきてよ」

「わかりました!! じゃぁ、麻里子さんからの依頼は受けるってことでいいんですね?」

「受けるも何も……断らせる気もないくせに…………俺だって暇じゃないんだけど。ああ、でも何があるかわからないから、あそこには近づかないようにね」


 友野は食べ終わった唐揚げ棒の串で現場の方を指した。




 * * *



「あんた、魔女の手先なんでしょ!?」

「聞いたわよ!! 魔女の味方をするっていうんなら、帰ってちょうだい!!」


 渚は他の部屋の住人に話を聞いて回っていたのだが、いの一番にそう言われてしまう。

 いちいち魔女の手先ではないと否定するのがとても面倒だったのだが、これは雑誌の取材だと大嘘をつき、「話を聞かせてくれれば謝礼も出す」と言った途端とすんなり話してくれた。


「それで、何が聞きたいの?」

「このマンションで起きたことですよ。魔女の仕業だと聞いたんですが、具体的には何が起きたのか知りたいんです」

「何がって……だって、二人も死んでるのよ? それも、同じ場所に落ちて……それに深夜に足音とか、叫び声とか…………」

「あなたはその足音や叫び声は聞いたことがあるんですか?」

「え……? いや、聞いたのは私じゃないわよ。江中さんがそう言ってただけで————」

「では実際に見たり聞いたりした人は誰だかわかりますか?」

「それは……知らないけど……でも、502号室がその部屋って聞いたから、402号室の人なら知ってるんじゃないかしら?」


 502号室は長い間空き部屋で、上の階に誰かがいるような足音が聞こえたというなら確かにそこだろうと渚は402号室を訪ねた。

 しかし残念ながら402号室の住人は現在留守。

 そこで403号室の住人に聞いてみようと尋ねてみると、そこに402号室の住人がいた。

 403号室の住人はお菓子作りの教室をやっていて、402号室の奥さんが習いにきていたのだ。

 他にも、近所のマンションや一軒家に住んでいる主婦たちが何人かいた。


「ああ、魔女の話でしょう?」

「そうです。誰も住んでいないはずの部屋から物音が聞こえたりしたって……どんな音だったんですか?」

「そう言われても、困るのよねぇ……」


 403号室の奥さんは深くため息をついてから言った。


「上の階で空き部屋なのがそこだけだから、うちの家族が聞いたってことになってるみたいだけど……誰もそんな足音聞いてないのよ」

「え……?」

「正確には、噂が流れてから聞いたって言うべきかしらね」


 実は空き家のはずの上の部屋からバタバタと足音がするという噂がマンション中に広まった時、402号室の住人は誰も足音を聞いていない。

 噂が流れてしばらくしてから、たまに聞こえるようになったそうだ。


「あの時、空き家だったのは502号室と102号室なのよ。だからね、そうなるとその足音を聞いたのは私たちだってことになるでしょ? でも、聞いてないの。誰かが意図的に流してるデマなのよ。まぁ、あの魔女も怪しいから、信じてる住人が多いみたいだけど……私はそこまで信じてないわ」


 周りがそう言う雰囲気だから、この402号室の奥さんも合わせているだけで、関わりたくないだけなのだという。


「変に関わったりしたら、江中さんがすぐ言いふらすでしょ? あの人、本当に有る事無い事言って……ここだけの話、困ってるのよね」

「そうそう、あの人の前でおかしなことしたら、すぐに広まるからね……」


 さらに調べてみるとこのマンションで起こったと言う魔女に関する話は、みんな江中から聞いたのが始まりのようだった。

 そして、麻里子を魔女だと本当に思っているのは全員が全員と言うわけではないらしい。


「それに、だってあの魔女……本当に魔女みたいでしょ? 昼間はほとんど出歩かないし」

「なんでも夜の仕事をしてるって話でしょ? 売春してるって話も聞いたわ」

「そういえば、自殺した504号室の旦那さん、いやらしい目で見てたわよね……」

「やだぁ、何それぇ」


 それでも、麻里子は目立つ。

 日本人離れした顔つきと、そのスタイルの良さに女たちは嫉妬しているのだ。

 自分の旦那が、あの女を見ているのが気にくわない。

 だから、だれも助けない。


 このマンションの風紀を乱す魔女には早く出て行ってもらいたい。

 そう思っている。


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