第二章 ここだけの話

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 忽然と姿を消した千羽の鶏。

 そして、鶏が消えたその養鶏所の近くで見つかった男性二人の変死体。

 一つは片腕がなく、一つは片脚がなかった。

 田舎ゆえにあまり設置されていない防犯カメラの映像や、周辺住人からの証言により浮上した容疑者。

 しかし警察がその容疑者の家に向かった時にはすでにその容疑者は逃亡していた。

 その家に、不老不死の薬の作り方が書かれた本。


 本にある鶏を千羽という記述、さらに人間の骨も少々だというのだから、この本の通りに不老不死の薬を作ろうとしているのだとわかった。

 他にも、呪術的なものがいくつか書かれていて、付箋が貼られていた場所には瞬間移動なんてものも……

 あまりに非現実的過ぎた。

 だが、警察がその本を押収しようとした時、奇妙なことが起こる。


 家から出られないのだ。

 本を持ったままだと、どうしてもその家から出ることができなかった。

 箱に入れようが、袋に入れようが関係ない。

 どうしても持ち出すことができず、仕方がないので全ページ写真を撮ることにした。

 ところが、それもカメラが異常を起こして、写せない。


 あまりに奇妙な現象が起きている。

 そこで友野が呼ばれた。



「————ああ、これはあれです。結界が貼ってあります」

「結界!?」


 友野は家を見た瞬間にそれがわかった。


「本を持ち出せないようになってるんです。この家に縛られてる。だからその逃亡した容疑者はこんな大事な証拠品を置いていなくなったんでしょう。容疑者の名前、なんでしたっけ?」

御子柴みこしば健児けんじだ」


 東は御子柴の写真を友野に見せる。

 パンチパーマにサングラスのいかつい三十代の男だ。

 どう見てもヤクザにしか見えないのだが、古くからある農家の息子である。

 両親が亡くなり、家は長男が継いだが、次男である御子柴は親から相続したマンションを数棟持っていて、ほとんど家賃収入で生計を立てているらしい。


「そんなにお金持ってるなら、なんでこんな田舎に……?」

「詳しい理由はわからない。ただ、ここは御子柴の母方の叔母夫婦が住んでいた家らしい。近所の住人の話では、去年叔母が死んでから急にここに住み始めたんだと」

「なるほど……で、その御子柴はまだ見つからないし、鶏の行方もわかっていないと……そういうわけですね?」

「ああ。それに、あの変死体の腕と脚もな」


 刑事たちが監視しているのは、その御子柴が所有するマンションの一つで、御子柴の彼女が住んでいる部屋である。

 友野は御子柴の家をくまなく見た後、養鶏所と死体が見つかった場所を確認し、霊安室にある遺体のそばにいた本人たちに腕と脚はどこへ行ったのか直接聞いてみたが、二人ともわからないと首を振っていた。



 * * *



「なんでそんな面白そうな場所に私を連れて行ってくれなかったんです?」

「そういうところだよ」


 不老不死の薬の作り方が書かれているそんな怪しい本があると知ったら、そういう類のものが大好きな渚のことだ。

 目をキラキラと輝かせながら、書かれている記述を片っ端から実践するに違いない。

 変な悪霊でも召喚されたら面倒なことこの上ないのだ。


「最悪の事態しか想像できなかったから」

「……どういう意味ですか!?」

「魔女より厄介だってことだよ。どうせ全部試して、危ないことになったら俺を頼るよね?」

「……うっ」


 図星すぎてぐうの音も出ない渚。

 確かにその通りである。


「とにかく————俺はもう空腹で限界だからコンビニに行きたいんだけど……」

「ああ、そうだったな」


 友野と東が今度こそコンビニへ行こうと部屋を出ると、渚も二人の後をついてきた。

 三人でエレベーターに乗り込んで、東が一階のボタンを押す。



「————あら? もしかして、新しく入居される方?」


 一階に到着し、エレベーターのドアが開いた瞬間、江中がマルチーズを抱いて立っていた。

 そして、見たことのない男二人の顔をまじまじと見つめると、ペラペラと一方的に喋り出す。


「このマンション、魔女がいるから気をつけてねぇ。ついさっきもねぇ、烏が突然落ちてきて死んだのよ。気味が悪いったら……みんな早く出て行って欲しいと思ってるのに、中々出ていかないのよねぇ」

「いえ、あの……」

「それにね、ずいぶん綺麗な子がいるなーと思って声をかけたら、魔女の手先だったのよ。いやよねぇ、あんなのきっと見てくれだけで中身は————」


 何も答えても聞いてもいないのに、ペラペラと話す江中に東も戸惑うしかない。

 東の後ろに立っていた渚の姿は、陰になってちょうど見えていないようで、そのは完全に偏見であばずれだの男を食い物にしているだの好き勝手言われている。

 一切こちらに口を挟む隙を与えない江中。

 それもエレベーターの真ん前に立っているせいで、無視することもできない。


「いや、あの……」

「それに、ここだけの話、101号室のところにたまに来るお孫さんがね————」


 どうしようかと困って東が友野を見ると、友野は江中ではなく、抱かれているピンクのリボンをつけた真っ白なマルチーズをじっと見ていた。

 友野がこういう目をしているときは、決まっている。


 視線の先に、何かいるのだ。

 友野以外の人間には、見えていないだけで——————



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