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 友野がこのマンションに来たのは、渚が来る十五分ほど前のことだった。


「やっぱり繋がらない……くそ……」


 昨日、東に連れて行かれたとあるど田舎に強い磁場の場所があり、うっかりその場所に入ってしまったせいで、友野の新しいスマホはずっと圏外と表示されてしまって電話ができない。

 もちろん、ど田舎ではネット環境もなく、Wi-Fiも飛んでいない。


 田舎を出て南川たちが数日前から張り込みをしているこのマンションに来てやっと繋がるかと思えば、それも無理だった。

 完全に壊れてしまったのだ。


「————東警部補、このマンション何かあったんですか?」

「ん? ああ、数日前に事故があったらしいぞ? 確かアクセルとブレーキを踏み間違えたとかなんとかで……車は大破したらしい」


 マンションで一番目立つのは、やはりその104号室の外壁のヒビと段ボールで応急処置をされている窓である。

 さらに、友野の目には地面から植物が生えているように伸びている黒い腕のようなものが三本見えていた。


 腕の先には五本指の人間の手のようだったが、地面から出ているそれは腕というには長く、一メートル以上ありタコのようにうねうねと、ゆらゆらと揺れている。


「……その運転手、亡くなったんですか?」

「……あーいや、確か入院中じゃなかったか? その後どうなったかまでは交通課のやつに聞いてみないとわからんな」

「なるほど……じゃぁ、別の人か……」


 友野はそこで事故以外にも何かあったように思えたが、今調べている事件は関係がない。

 重要なのはそこではなく向かいのマンションで、その時は関わらない方がいいだろうと気にせず中に入ることにしたのだ。

 そのため、この部屋にいた友野たちには烏があの場所に落ちて騒動になっていたことは気づいていない。


 この部屋から104号室は位置的に死角なのだ。

 窓も開けていないし、音も聞いていなかった。

 下の階でそんなことがあったなんてことは知らず、ど田舎から東の車でこのマンションまで来る間にまともに食事もしていなかった友野が、コンビニにでも行こうと部屋を出たところ、渚と遭遇したのだ。



「————それじゃぁ、やっぱりあそこには何かがあるんですね! 魔女のせいじゃなくて」


 渚は友野が見たその黒い三本の腕が、魔女のせいだとされている現象の原因に違いないと思った。

 見えてはいないけど、やっぱりあの場所に何度も人や烏が落下するのには原因があるのだと……


「立て続けに人が死んだり、事故があったりしているなら、なにか悪いものがいることは確かだと思うよ。でも、なんだってそれが魔女の仕業ってなるわけ? 普通なら、呪いのせいとかになりそうだけど……」

「ああ、それが、このマンションが建ってる場所が、昔魔女狩りから日本に逃げてきた人たちの墓があったところだとかで————」


 友野は、渚から魔女狩りという言葉が出て来て、首をかしげる。

 この日本に魔女が逃げて来たなんて聞いたことがないし、仮に昔そんなことがあったとしても、どうしてこのマンションの住人たちは魔女のせいだと思うのか、結びつかなかった。


「なんでも奇妙な魔術で人々を呪っていたとか、動物や人骨を使って不老不死の薬を作っていた————なんて、話だそうです。それに、麻里子さんの見た目がどう見ても魔女っぽいから、っていうのもあると思うんですけどね。麻里子さんが魔女で、このマンションに不幸をもたらしてるんじゃないかって……」

「不老不死の薬?」


 友野と東は驚いた表情で目を見合わせた。

 というのが、引っかかったのだ。


「ナギちゃん、その不老不死の薬って、作るのに動物の骨を使うんだよね? 具体的には、なんの骨?」

「え? いや、そこまで詳しくは知らないですけど、どうかしました? 先生実は不老不死になりたい——とか?」


 渚は友野が不老不死の話に食いつくとは思っていなかったため、予想外のことに戸惑った。


「そんなわけないだろ……。昨日、あのど田舎で見たばかりなんだよ……」

「何をです?」

だ。その中に、動物の骨を大量に使うものがあってね————」


 その本の材料には、にわとりの骨と書かれていた。

 千羽の鶏の骨と人間の骨少々。


「呪術の方法も書かれていた、とても危険な本だよ」


 東が友野に依頼したのは、田舎の小さな養鶏所から、忽然と消えた千羽の鶏と、体の一部が欠損してる二体の変死体の欠損部分の捜査協力だ。






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