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 渚は友野のスマホに電話をかけたが、電源が入っていなかった。

 麻里子には明日から調査のため、マンションに行くと約束してしまっている。


「まぁ、今日中に連絡くるでしょう」


 誰もいない占いの館で、渚はしばらく友野からの連絡を待つことにしたが、友野からの連絡は全くなかった。

 それどころか、夜になっても友野が帰って来る気配がまるでない。

 家に帰る前に渚はもう一度友野のスマホに電話してみるが、まだ電源は入っていなかった。


「おかしいなぁ……先生、どこに行ったんだろう?」


 もしかして、どこかで力を使い果たして倒れているんじゃないだろうか……と、少し不安に思えてくる。

 友野は渚と違って霊が見えて、なおかつ、実家が霊媒師ということでそういう類のものに対して力を使えば祓ったり、見えない人に見せたりと色々できるが、あまり力を使いすぎると気を失うのだ。

 そういう事情を知っている人が周りにいれば別に問題はないのだが……


「……まさかまた、誰もいない路地裏で倒れてたりしてないよね……?」


 以前そういうことがあって、気がついた時には財布と携帯を盗まれて、どこにもない……なんてことがあったことを思い出す渚。

 とりあえず下の階のスナック夜蝶やちょうで友野を見なかったか聞いてみると、「よく来る顔の怖い刑事さんと出て行った」という目撃情報があった。


「ああ、それなら安心ですね」


 その顔の怖い刑事がいるのなら、路上で倒れている心配はない。

 渚は安心して家に帰り、翌朝になってももう一度友野に電話をした。

 それもやはり電源が入っていない。


「仕方ないですね……」


 諦めてマンションの住所と今回の依頼内容を簡潔に書いてメッセージを送り、渚はそのマンションへ一人で向かった。



 * * *



「うわぁ……これはひどい」


 近々修繕工事が行われる予定だが、立派なマンションの一階部分の壁には大きくヒビが入っていて、窓ガラスにはダンボールが貼られている。

 割れた窓ガラスや車の破片は撤去されているが、道路は漏れたオイルの跡がはっきりと染みになり残っていて、太陽の光を歪に反射している。


「事故があった時は本当にものすごい音がしてねぇ、びっくりしたわよ! それも夜中に突然!! ちょうどここのご夫婦は法事でいなかったから怪我がなくてよかったものの……運転してたおじいさんの方は重症で————頭から血を流してね、車もぐしゃっと……私、生まれて初めて救急車を呼んだわ」


 マンションの中に入る前、その事故により破損した箇所が気になって見ていた渚に、ピンクのリボンをつけた真っ白なマルチーズを連れた恰幅の良い中年の女性が話しかけて来た。

 渚は何も聞いていないのに、勝手にだ。

 誰かに話したくてたまらないのだろう。


「まぁ、夜中にそんなことが? それはびっくりしますよねぇ……奥さんはこのマンションの方なんですか?」

「ええ、そうよ。ここの部屋のちょうど上。ウチはなんともなかったけどねぇ、びっくりして飛び起きたわ。窓開けたら車が突っ込んでて————もう大急ぎで外に出たわよ」


 この女性は204号室の江中えなか和代かずよ

 話好きで明るく、聞けばなんでも話してくれる————そんなおばさんだった。


「うちの旦那なんて、ただびっくりして慌ててるだけで、全く役に立たなかったんだから……!!」


 大きな声でケラケラと笑いながら、当時の話を次々とする江中。

 渚はこれはいい人を見つけたと、わざと楽しそうに江中の話を聞いて、欲しい情報を聞き出そうとする。


「じゃぁ、このマンションで最近起きてるっていう不思議な現象もご存知ですか? 変な悲鳴が聞こえたとか、空き部屋から足音が聞こえたとか……」

「ええ、もちろんよ!! ほんとにね、あの女が越して来てから、まるで呪いにでもかかってるんじゃないかってくらい、変なことが起きてるのよ。401号室の旦那さんと504号室の旦那さんが死んだのもそのせいよ。子供達もこのマンションに魔女がいるんだって怖がっちゃてねぇ……早く出て行ってくれないかしら」


 麻里子の話は、どうやら本当らしい。

 二人自殺していると聞いたが、504号室の住人は自分の部屋から、401号室の住人は屋上から落ちたそうだ。


「それもおかしなことに、ここなのよ。その二人ともちょうど落下した場所がね……」

「え、ここなんですか?」


 車が突っ込んだ場所も、二人が転落死したのも今渚が見ているちょうどその場所だった。

 それもあって、この辺りのコンクリートには色々な汚れや染みが残っているのだ。


「おかしな話よねぇ……二人とも落ちた場所がここだなんて。それに一人目の401号室の旦那さんなんて、まだ結婚して一年も経ってないのよ? 奥さんのお腹には子供もいて————これからって時に……本当に自殺なのか疑問なのよねぇ」


 二人とも自殺をするような人には見えなかったと、江中は納得いっていないようだ。


「……同じ場所にってことは、ここに何かいるのかも知れませんね」

「何かいるって、何が?」

「人を死に引き込む何か————ですよ。私たちには見えないだけで、そういう現象を引き起こすような何か————が……」


 その時、一瞬日の光が遮られた気がして渚が空を見上げると、その黒い何かが雲ひとつなかった青空から地面へ。


 ——————ドシャッ


「え……?」


 突然落下したからすの頭は潰れ、コンクリートの染みの上に新たな染みを作った。



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