千鶏

第一章 魔女狩り

1—1


 五階建のマンション。

 最上階の501号室。

 この部屋に一人の女が引っ越して間も無く、事件は起こる。


 住人の一人が、屋上から転落死したのだ。

 警察は現場の状況から自殺と判断したのだが、それからというものそのマンションでは不可解な現象が次々と起こっていた。


「————それで、あなたを紹介されたのだけど……」

「なるほどなるほど。ではお伺いしますが、具体的には不可解な現象ってどんなことが?」


 日輪ひのわなぎさがその女性と会ったのは、八月の上旬だった。

 大学は夏休み期間中であったが、突然准教授から連絡があり、知り合いが困っているから話しを聞いてやってほしいと、その女性————葛城かつらぎ麻里子まりこと待ち合わせたのは、大学近くの喫茶店である。

 准教授を疑うわけではないが、ただ「君が好きそうな話だよ」としか言われていなかった渚は、そういう心霊や怪奇現象の先生である占い師・友野ともの晴太せいたのところに連れて行く前に話を詳しく聞かなければならないのだ。


「夜中に悲鳴のような妙な音が聞こえるとか、空き家のはずの上の部屋からバタバタと足音がするとか、妙な人影を見た————なんてホラーじみたものもあれば、一階にアクセルとブレーキを踏み間違えた車が激突したりとか、この一ヶ月の間に自殺した住人が二人いたりも……」


 今回の依頼人であるこの麻里子は、大きなつば付きの黒い帽子とサングラスをつけたまま、黒いレースの手袋をした手で黒いレースの扇子を使い、パタパタと扇ぎながら何があったのかを淡々と話す。

 室内では日も当たらないし、帽子を外した方が涼しいのではと渚は思ったが、麻里子の肌は白く、おそらく日光に弱い体質なのだろう。

 流暢な日本語を話してはいるが外国人に違いないと、魔女のような鷲鼻を見て、渚はそう思った。


「私は何もしていないの。それなのに、他の住人たちがコソコソというのよ。あの魔女のせいだって。あの魔女が越して来てから、おかしなことが起こるようになった——……てね」

「ま、魔女……ですか!?」


 まさに今、魔女みたいな顔だなと思っていた渚は、その張本人の口から魔女という言葉が出て来て慌ててしまう。


「ええ。ほら、私こんな顔でも一応日本人なのよ? 父も母も日本人だし……でも、日に当たるのがからっきしダメでね。服も基本的に黒いものばかり着ているから、魔女だって疑われてるみたいなのよ」

「いやいや、現代の……それも日本で、魔女だなんて——そんな見た目だけで?」

「そう思うでしょう? 私も最初はいつもの事だからって気にしてなかったわ。でも、ほとんどの事件が私が引っ越して来てからだっていうのよ……それに————」


 麻里子は周りを少し気にした後、声を潜めて言った。


「あの部屋を購入した時は知らなかったんだけど、あのマンションの場所は、その昔、で日本へ逃げて来た人たちの墓があった————って、話があるのよ」


 その日本へ逃げて来たとされる魔女は、奇妙な魔術で人々を呪っていたとか、動物や人骨を使って不老不死の薬を作っていた……なんて話があるらしく、住人たちはそのせいでこの不可解な現象が起こっているに違いないと思い込んでいるらしい。

 麻里子の住んでいるそのマンションは分譲のため、住人それぞれがオーナーである。

 大金を払って買った部屋にそんなことが起きているなんて、怖くてたまらないと……

 魔女と疑われている麻里子に、住人たちの視線は冷たく、出て行けと言われているようなものだそうだ。


「だからね、私が魔女じゃないってことを、証明して欲しいのよ。その不思議な現象がどういうことか解明できれば、私への疑いも晴れるでしょう?」


 オカルトや都市伝説好きの渚は、それは確かに私の好きな話だと内心興奮しているのを隠しながら、大きく頷いた。


「そのご依頼、お受けします!!」




 麻里子と別れ、さっそく今回もどうやって友野を巻き込もうかとその足で渚は友野がいる占いの館へ向かった。

 スナックや古物店のある雑居ビルの階段を駆け上がり、なんとも怪しい雰囲気の漂う占いの館のドアを開けようとドアノブに手を伸ばす。


 しかし————


「あれ……?」


 鍵が掛かっていて、ドアをよく見るとクローズの看板が出ている。

 勝手に作った合鍵で鍵を開けてみても、そこに友野の姿はなかった。



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