3—4
岩張島の警察が通報を受けて民宿にたどり着いた時には、すっかり雨は止み雲の切れ間から月が顔を覗かせていた。
「えーと、それじゃぁ、あの樹さんは本当の旦那さんじゃなくて、旦那さんはこの東警部補に取り憑いていたやつってことですね?」
「だから、そうだって言ってるでしょう、ナギちゃん。みんな騙されてたんだよ……いや、からかわれてたんだ。猿の暇つぶしにね」
「猿の暇つぶし……?」
手錠をかけられ連れて行かれる樹と麗美を見ながら、渚は友野にあれこれと質問する。
どんな妖怪がいたのかもっと詳しく知りたかったのだ。
「あの妖怪……心の声が読めるみたいでね。それを利用して人間を焚きつけて遊んでいたんだ」
「心の声が読める!? まさか、
「……同じかどうかは知らないけど。多分、そうじゃないかな」
「もう、なんで私にも見えるようにしてくれなかったんですか!? ひどいです!! 妖怪を探しにこの島に来たのに!!」
「あのねぇ、あんな悪趣味なもの見なくていいから。それに、可視化なんてしたら俺倒れるよ? 今も立ってるの結構辛いんだからね?」
雨に濡れながら三匹の猿と戦い、さらに東から水野の霊を引っぺがして供養までしたのだ。
あのペラペラとうるさい猿を山に返すのにも力を使っている。
これ以上力を使ったら、友野は気を失って倒れるだろう。
「ちぇ……それにしても、その猿の妖怪はどうして麗美さんについて来たんですか? その訳のわからない儀式もどうして?」
「たまたま目が合ったから————だと思うよ。偶然波長が合ってしまったんだ」
普通の人間は、大人になると妖怪や幽霊は全く見えなくなる。
だが、ごく稀に何かのちょっとしたきっかけやタイミングで波長があい、見えないものが偶然見えたりするのだ。
樹が子供の頃、この島で同じように妖怪に取り憑かれた人を見たことがあるという話はどうやら本当だったようで、きっとその人も波長が合ってしまったのだろう。
「樹さんは全く見えていなかったけど、麗美さんが何かに取り憑かれていると思ったのは確かなんだと思うよ。実際に首を絞められたのは樹さんじゃなくて水野の方だったけど…………何かに取り憑かれているなら、いつか自分も同じ目にあうのかもしれないって、不安に思ったのかもね」
「……確かに、それならさっさと祓ってもらった方がありがたいですよね」
樹としてはさっさと死体を処分したかったようだが、あの猿の言葉を全部信じた麗美が謎の儀式を始めてしまったため、不安だったのだろう。
麗美も、猿が見えていないなら余計なことはしないで欲しいと思っていたし、その恐怖心を利用して樹が自分を裏切らないように操作しているような部分があった。
「妖怪にはそういう心の闇っていうか、人間の暗い部分を突いて遊ぶタチの悪いのがいるんだ。あの変な儀式だって、適当に言ったんだよ。それがたまたま、あの部屋に水野の霊を縛り付ける儀式みたいになっちゃってただけで」
「へぇ……そうなんですね」
「多分だけどね。あんなの見たことないし……」
友野は知らない。
あの謎の儀式が、実は猿を
「ところで、ナギちゃん。これからどうしようか……」
「どうって?」
「また、宿がなくなったけど」
「え?」
「え? じゃなくて、ここに泊まるわけにいかないでしょう? 殺人現場で寝る気?」
「……ですよねぇ。あ、でもほら、こういう場合って、多分————」
結局、この日友野と渚は事情聴取のため警察署で一夜を過ごすことになった。
「————やっぱり、宿泊券じゃなくて河童の置物と交換してもらえば良かった……」
今更後悔しても、遅い。
この翌日、岩張島では立て続けに起きていた火事が、放火であることが判明。
そして次の犯行を行う直前、巡回中の警察官によって犯人は逮捕された。
なんでも、その犯人を逮捕した警察官はこう話しているそうだ。
「猿が歩いてるのが見えましてね。気になって近づいた時に聞こえたんですよ。《全部燃やしてやる》って、声が。それで、すぐそばに犯人がいて、ライターに火をつけたところでした。本人は何も言っていないって言うんですけどね……不思議なことが、あるものですね」
— 【岩張の猿】終 —
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます