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◇ ◆ ◆
絵に描いたような金持ちの箱入り娘だった麗美は、色が白いだけでその顔立ちはあまりにも普通で、どちらかというと少し残念な方だった。
それでも、両親は愛娘が可愛くてたまらない。
娘には綺麗で上質なものを買い与え、教養もつけさせた。
幼い頃から習っていたピアノは、コンクールで入賞できるくらいの実力だ。
両親は彼女が生まれてからずっと、その行動の全てを監視していた。
学校へ行っても、悪い友人を作らないように、おかしな男と関わりを持たないようにと常に監視役をつける。
家では、幼少の頃から使用人がその成長を共に見守ってきたのだ。
しかし、その麗美が二十歳になった頃、新しく入ってきた使用人と恋に落ちる。
それが水野樹という男だった。
両親の反対を押し切り、麗美は水野と駆け落ち。
結局、こうなってはもうどうしようもないと、この岩張島に別荘として所有していたこの家を与えたのだ。
その代わり、経済的な支援はしないと言って。
だが、心配であることに変わりはない。
箱入り娘である麗美が、家事なんてまともにできるはずがないのだ。
そこで、幼い頃から麗美の世話をしていた使用人の男をこの島へよこした。
樹
彼はこの島に住んでいた過去があり、使用人として相応しいと、この家の管理を任されたのだ。
「樹! あなたが来たなら、安心ね。よろしく頼むわよ……」
「ええ、お任せください。麗美様」
二人の樹————苗字と名前……同じ樹で少々ややこしいが、麗美は樹圭介を幼い頃から樹、夫の水野樹をいっくんと呼んでいたため、支障はない。
こうして夫婦は家を民宿として開業し、使用人は管理人として夫婦よりも働いた。
部屋を綺麗に掃除し、洗濯、料理、古くなって壊れた箇所があれば綺麗に修理して……
ほとんど何もせずに遊んでいる二人より、懸命に。
そんなある日、民宿へ泊まりに来た客が釣りをしに入江へいくことになった。
釣りに興味のない麗美だったが、たまたまその客から入江に妖怪がいるという話を聞き、一緒に行くといい出したのだ。
樹の操縦する船に乗って、麗美はこの島に来て初めてその入江を訪れた。
そこで、麗美はあの猿のようなものと出会う。
絶壁の岩に張り付いた毛むくじゃらの、大きな丸い目の猿と————
それからだ……
その麗美にしか見えない猿が、それまで幸せに日々を過ごしていた麗美を一気に地獄へ叩きつける。
「どう? 美味しい」
「うん、美味しいよ!! すごいな、麗美こんな上手に作れるようになって……」
《何をどうしたらこんな不味い飯になるんだよ。クソだな》
樹が出かけていて家にいなかったため、珍しく麗美が昼食を作ったその日、あの猿がそう言った。
それは水野の心の声。
《ああ、これだから箱入り娘は……》
麗美は最初、それが水野の心の声だとは信じられなかったが、毎日毎日そんなことが起これば、誰だっておかしくなる。
聞きたくない声に悩まされて、水野の何気ない一言や行動の全てが嘘に思えてくる。
《これも保険金のためだ。今回はどうやって殺そうか……》
殺される前に、殺さなくては————そう考えるようになっていく。
そうして麗美は、ある日の夜。
眠っている水野の首を絞めようとした。
「麗美、一体どうしたんだ!?」
「どう……? 何が?」
「……覚えてないのか……?」
麗美がおかしくなったと思った水野は、早々になんとかしなければと思っていた。
麗美は本当は覚えているのだけど、嘘をつき……どうにか殺される前に殺さなければと考える。
一方、何も知らなかった樹は、夫婦の寝室が急に別になったことで、麗美の異常に気がついた。
病院に連れていっても、異常はないと言われたが麗美の体調はおかしくなるばかりで、民宿も、少しの間休もうということになった。
そして、久しぶりに客が誰もいない夜————
ついに麗美は、よく眠れるようにと病院で処方された自分の睡眠薬を水野の酒に入れ、首を絞める。
何も知らずに、ベッドの上でスヤスヤと眠る水野の首を、あの美しいピアノの演奏をしていたその指で、力一杯、絞め殺した。
「麗美様!? いったい、これは————」
水野を殺したあと、麗美は微笑みながら樹に尋ねる。
「ねぇ、私はこれからどうしたらいいと思う? 樹」
「それは……」
水野の心の声が聞こえなくなった代わりに、猿が今度は樹の心の声をペラペラと喋る。
麗美に伝えてくる。
《うまくいけば……麗美が、僕のものに————……そうだよ。僕こそ相応しいんだ。麗美は、最初から……僕の麗美だったんだ。人のものを横取りしたあいつが悪い。死んで当然だ》
「まずは、死体の処理を————」
《麗美は何も悪くない。悪いのは、あいつだ————》
死体の処理、水野がここで死んだという形跡をなくすこと、もし誰かが水野を訪ねて来ても、疑われないようにどうすべきか。
二人で色々と話し合った。
それに水野は近所の人たちとの交流はあまりない。
顔もあまり知られていない。
「僕と夫婦ということにしましょう。最初から、あの男はここにいなかった。あなたが駆け落ちした相手は、僕だった。そういうことにしましょう」
《そうして、僕のものにしよう。どうせ、誰も気づかない。麗美の両親への報告だって、僕がしているのだから……》
樹は夫婦のふりをすることで、自分の欲望を満たしていく。
麗美はそのことを知っていながら、言葉たくみに騙されているふりをした。
◇ ◆ ◆
「————男なんて、みんな自分のことしか考えてないわ。それがわかってた。樹だって、本当は私のことをそういう目で昔から見ていたんだってわかってた。だから、私もそれを利用したの。何も知らずに、騙されているふりをしたわ」
「……なるほど。お互いに騙しあっていたんですね」
「ええ。それに、あの猿が…………死体の処理の仕方を私に教えて来たの。この家にある写真を少しずつ……三ヶ月かけてロウソクの火で燃やして消しなさいと。あの部屋に入ったらすぐに。そうすれば、この男を殺した穢れから逃れられるって————」
本当はすぐに燃やすなり、埋めるなりして死体を処理すべきだったのだが、麗美は猿が言う通りのことを毎日行っていた。
全ての処理が終われば、幸せになれるという猿の言葉を間に受けて……
友野は呆れながら猿の方を見る。
「何が、穢れだ。嘘つきな猿め……」
《嘘じゃない。嘘じゃないぞ……人間。お前には何もわからないのだ……あれにはちゃんと理由があるのだ……何も知らない人間め……》
「……黙れと言ったはずだ。勝手に喋るな。消すぞ?」
《…………》
友野に凄まれ、おしゃべりな猿は両手で自分の口を塞いだ。
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