3—2
玄関での騒動が起こる数分前————取り憑かれた東は、突然笑い出して走りだした。
東はどこかへ消えてしまい、友野は仕方がないと窓から手を伸ばして放り出されたビニール傘を拾おうとしたのだが、その死体がある部屋の窓から重々しい空気を感じる。
「ただの霊じゃないな……」
面倒だと思いながらも、友野は窓から身を乗り出して外に出る。
友野には普通の人間の霊が取り憑いたのであれば、簡単に剥がすことができるが、どうも何かが違う気がして、隣の部屋の様子を覗き込んだ。
ほんのりと非常灯がついていて、真っ暗ではない室内……
カーテンの隙間から見える人の手。
ベッドの上に、男の死体がある。
窓を全開にして、友野は室内に入った。
「————うっ」
電気をつけてようやくわかった。
死後、数ヶ月経過しミイラ化していて友野は顔を直視するのを避けた。
見なくてもわかる、あの霊の体だ。
「これは……何かの儀式か?」
ベッドの周りを囲うように、燃え尽きたロウソクが大量に置かれている。
そして、部屋の壁や机の上には、数枚の写真。
一番大きな額縁に飾られている写真は、今より健康そうな体型の麗美が純白のウエディングドレスを着て新郎の隣で笑っている。
しかし、どう見ても新郎の顔があの樹ではなかった。
東に取り憑いた霊と同じ顔だ。
樹よりはるかに若い。
リビングに麗美が現れた時、随分年の差のありそうな夫婦だと思ったが、この写真の男と麗美にはあまり年齢差があるようには感じなかった。
他の写真も、全てこの男と麗美のものだけ。
中には『Itsuki & Remi』と名前が書かれているものもあった。
「この死体の男がItsukiなら、あの樹さんは、誰だ?」
一体何が本当で、何が嘘なのか……————
「キィィィィィ」
そう考えながらドアの鍵を開けようと手を伸ばした時、友野の頭上から猿の鳴き声がした。
天井と壁の間に、張り付いていた猿が友野を威嚇している。
「さ、猿!?」
よく見ると、猿は器用に天井の装飾に捕まって、三匹も張り付いていた。
死体と写真、ロウソクに気を取られて、天井の猿に気づかなかった友野は、結局、この部屋に入った時と同じく窓から外に出る。
拾ったビニール傘を、追いかけてくる猿と戦う武器にして————
* * *
「————誰って、何を言っているんですか……? 僕は樹ですよ。麗美の……麗美の夫です。僕が、僕が麗美の夫なんです」
樹は自分が麗美の夫だと、何度も主張するが、それを聞いて東が笑い出した。
「ははははは……はははははっ…………何が……夫だ。麗美の夫は…………俺だ。お前はただの————」
東の体を借りて、男の霊は樹に向かって言う。
「ただの使用人の分際で、俺になり変われるわけがないだろう」
「……っ! 黙れ……!! 黙れ黙れ黙れ黙れ!!!」
ただの使用人と言われ、樹は取り乱す。
麗美から手を離すと、手すりに繋がれて身動きが取れない東の胸ぐらを掴む。
「お前に何がわかる!? お前が奪ったんじゃないか!! 僕から麗美を……僕の麗美を汚したお前が悪い。お前が悪いんだ!!
佳乃は樹を止めようとしたが、その名を聞いて驚いた。
水野樹————それは、この島に潜伏しているという情報があった、詐欺師の使っている偽名だ。
女を騙して結婚し、妻を事故死に見せかけて保険金をだまし取る詐欺師。
元ホストで、巧みな話術で女を騙す男。
「お前だって、使用人だったじゃないか!! 同じ使用人だったのに……!!」
「同じ……? 何を言っている……違うだろう。全然違う。何年もあの家にいて、女一人自分のものにできないお前と、俺は違う。違うだろう……なぁ、麗美。それなのに、どうして俺を…………俺を殺したんだ? 俺が俺が……俺が……俺が!! お前を殺すはずだったのに……!!」
樹と水野の霊の会話から、やはり樹は嘘を付いていたのだと友野は確信する。
「奥さん、全てを話してください。そして、自分の行いを心から悔いて、罪を償ってください。そうしないと……————このままだと、あなたは今度こそ本当にこの男に殺されますよ」
「そ……そんな……」
「それに、その猿も、このままだとずっとあなたから離れない。あなたが死ぬまでずっと、誰かの心の声を話し続けますよ。あなたの心の声だって、あなたの代わりに、この猿が永遠と話し続けます」
友野の言葉に、麗美はポロポロと大粒の涙を流した。
聞きたくない、聞かなければよかった秘密を、人の心の声に麗美は疲れていたのだ。
そのストレスで、自分が壊れてしまっていると彼女は自覚していた————
「そうしたら、この猿を……この妖怪を私から祓ってくださいますか?」
「ええ、お約束します」
友野は深く頷いた。
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