2—4
東は何度も狂ったように「麗美」と呼びながら、首を絞める。
佳乃と樹が慌てて引き離したが、抵抗し、暴れ、何度も同じように麗美に向かっていこうとするのだ。
明確な、殺意を持って……
「なんなんですか!! 一体、妻があなたに何をしたっていうんですか……!!」
「ゲホッ……っ……ハァ……ハァ……」
咳き込みながら必死に息をする麗美の首には、くっきりと東の手の痕がついている。
樹は東を睨みつけるが、東が怯むこともない。
「いい加減にして!! どうなってるのよ!!」
「放せ!! 放せ!! あの女を!! あの女を!! 殺してやる!! 殺してやる!!」
「しっかりしなさい!! 東警部補!!」
暴れる東をなんとかしなければと、佳乃は隠し持っていた手錠を取り出してひとまず東を近くにあった丈夫そうな手すりにつないだ。
しかし、東は大人しくなる様子もない。
必死に繋がれていない方の手を伸ばし、無理やりにでも再び麗美に襲いかかろうとしている。
届くはずもないのに……
渚にはどう考えてもこれが東だとは思えなかった。
「佳乃さん、変ですよ! これはきっとあれです!! 何かに取り憑かれてます」
「取り憑かれてる!? そんな……バカなこと……——」
渚がそう言っても、佳乃には信じられない。
「だって、どう考えてもこんなの、東警部補じゃないでしょう!? 麗美さんのことだって、呼び捨てにしていたし、殺してやるって……今日知り合ったばかりなのに、そんなのおかしいじゃないですか」
「それは……そうだけど……」
婚約者というのは、この島に紛れ込むための設定だが、佳乃が東と同僚であることに変わりはない。
それに、今の所属は違うが数々の現場で共に凶悪犯を捕まえて来た。
顔は強面だが、東が優しい男であることはよく知っている。
そんな男が、急に人を殺そうとするなんて確かにありえない……
「取り憑かれてるんですよ! きっと……ほら!! 樹さんが言ってたじゃないですか、奥さんが————麗美さんが夜になると首を絞めて来たって……それなんじゃないですか?」
樹が寝ている間に、麗美に首を絞められたと言っていた話を思い出し、佳乃は納得する。
信じがたいが、実際に様子のおかしい東の姿を見て、そういう類のものがいるのだとこの時初めて実感した。
「取り憑かれてる……!? 妻と同じものに!? そんな……どうして」
樹は麗美と東を見比べる。
「それじゃぁ、妻に憑いていたものが東さんの方に移った……ということでしょうか? まさか、あの入江に行かれた……とか?」
「そんな暇ありませんでしたよ。コテージが火事になって、観光している暇なんてなかったんですから……」
「奥さんに憑いていたものが、移ったと考えるのが妥当じゃないですかね」
佳乃と渚にそう言われ、それなら、なぜ東に移ったのだろうと、樹は首をかしげる。
妻が苦しんでいるのは、そのおかしな妖怪か何かのせいなら、自分が変わってあげたいと常々思っていたのに————と。
「ちが……う……違うわ」
「麗美……?」
「そんなはずない……だって、だってアレはまだここに…………私の背中に————……」
「え……?」
麗美はついに言ってしまったと、後悔する。
ずっと、誰にも言わずに、見えないふりをして、聞かないふりをして来た奇妙な猿の存在を口にしてしまった。
もちろん、誰にも麗美の背にくっついて離れない、猿の存在は見えていないのだが————
「————残念ながら、奥さんに憑いているものと、東警部補に憑いているものは別ですよ」
その時、友野が現れる。
ひしゃげたビニール傘を片手に、東と同じくずぶ濡れの状態で開けっ放しになっていた玄関のドアの前に立っていた。
なぜか靴も履かずに外に出たようで、水分を含んだ靴下がベチャベチャと足音を音を立ている。
「せ……先生!? 一体どうしたんですか、その格好!!」
「ちょっと……色々あってね。それより————」
ビニール傘を傘立てに差し、濡れた靴下を脱いで玄関の隅に投げ捨てると友野は大きく一度ため息をついてから、麗美に向かって言った。
「————奥さん、あなた、人を殺しましたね?」
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