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 渚が見つけてきたのは民宿だった。

 本来泊まるはずだったコテージの場所より少し奥まったところにあり、海までは遠いが歩いていけない距離ではない。

 しばらく事情により休業していたようだが、偶然にもこの民宿の主人である中年の男と渚は出会い、泊めてもらうことになった。


 そして、民宿というわりには少し豪華で洋館のような作りの室内は広く、リビングには暖炉もある。

 まさにお金持ちの別荘というような、そんな場所だ。


「うわぁ……ここが、お二人の愛の巣ってやつですね」

「愛の巣だなんて! なんだかイヤらしいわよナギちゃん」


 渚ともう一人、東の連れであるすらっと背の高い女性・佳乃よしのはきゃっきゃとはしゃいでいる。

 それに主人の男も部屋を案内しながら、はしゃいでいる二人の言葉にまんざらでもないようだ。


「愛の巣ですか……いやぁ、確かにそうなりますかねぇ、お恥ずかしい」


 友野と東は詳しくは聞いていないが、なんでも男は二年ほど前に妻と駆け落ちしてこの島に来たのだとか。

 佳乃に駆け落ちだなんてロマンティックだと言われて、よほど嬉しかったのか男は顔がほころんでいる。


「ちょっと、東警部補……いつからこんな美人な彼女がいたんですか? 聞いてないんですけど」

「う、うるさいな。俺にだって色々と事情があるんだ。それに今は休暇中だから、警部補と呼ぶのはやめろ」


 前を歩く三人の後ろで、友野と東はこそこそと話す。

 友野は男の馴れ初めよりも、東と佳乃の関係の方が気になって仕方がない。

 この強面の東の連れがまさかの婚約者で、しかも美人で、明るくてとても人当たりがいいことになんだか腹が立つくらい羨ましかった。

 こっちは妖怪に会いたいからと無理やり連れてこられたのに、婚前旅行かよ……と。


 宿泊先が燃えてしまったというのは同じく災難だったが、妖怪探索と婚前旅行じゃ雲泥の差である。

 渚と佳乃はお互い初対面ではあったが、二人とも泊まる場所を探してさまよっているところこの男に出会ったそうで、友野と東が合流した頃にはすっかり仲良しになっていた。

 まるで以前からの知り合いだったかのように……


「————……こういう洋館みたいなところって、なんか出そうですよね。先生、何か見えたりしませんか!?」

「は!?」


 渚がくるりと振り返って、友野に大きな声で言った。

 東は友野が見える体質であることを知っているが、何も知らない佳乃と男は目を丸くして驚く。


「見えるって、何を……?」

「あぁ、うちの先生色々見える人なんですよ! ほら、こういう洋館って亡霊とか妖怪とか住み着いてる的なのがあったりするじゃないですか、映画とかだと!」


 確かに、この建物はそんな雰囲気がある。

 シャンデリアに大きな振り子時計、壁には女性の肖像画。

 それにフランス人形もいくつか置いてある。

 豪華すぎるが故、庶民からしたらまるで映画の中に入り込んでしまったような……

 だが、それで亡霊やら妖怪の出てくるホラー映画を想像するのはちょっと失礼だ。

 そういう類のものが大好きな渚ならではの発言だった。


「いやいや、亡霊も妖怪もいるわけないでしょ? あんなのはフィクションで——……」

「見えるんですか!? 見える人なんですか!?」


 佳乃がそういう類のものを否定している言葉をさえぎり、男は突然わなわなと震えながら急に友野に駆け寄り、すがるように友野の手を取り言った。


「実は、最近妻の様子がおかしいのです。助けてはいただけませんか!?」

「……は、はい!?」

「もし助けていただけるなら、今夜の宿泊代は半額——……いえ、無料でも構いません!!」

「え……?」


 男は本気だ。

 それほどまでに、切実だった。



「このままだと————殺されるかもしれないんです」



 その瞬間、窓の向こうで稲妻が光り、音を立て激しく雨が降り始める。

 すっかり外は雲に覆われ、真っ暗になっていた。

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