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 商店街の抽選会場に、カランカランと当選の鐘の音が鳴り響いた。


「おめでとうございます!! 一等のペア宿泊券です!!」

「え、本当に!?」


 日輪ひのわなぎさは当選したことは確かに嬉しかったが、本当は三等の河童の置物が欲しかったんだけどなぁと思いつつ、一等の大きな熨斗袋を受け取った。

 自然と近くにいた別の客からも拍手が起こり、さらには記念に一枚と熨斗袋を持って法被を着たおじさん達と写真も……


「えーと、すみません当たると思ってなかったのでちゃんと見てなかったんですけど、これって、どこに泊まれるんですか?」

「あぁ、離島だよ。岩張島いわばりじまっていう島でね、釣り人の間では有名な島で……まぁ、お嬢さんにはあまり耳馴染みがないかもしれないけど、バブルの時代なんかではリゾート地でね、いいところだよ」

「い、岩張島!?」


 おじさん達はこんな若い子が釣りに興味があるはずないだろうと思ったが、意外にも渚は瞳をキラキラと輝かせた。


「それって、あの噂がある島じゃないですか!!?」

「う、噂……?」


 渚が興味を示すのは、決まってそういうところなのだ。


「妖怪がいるって噂ですよ!!」





 * * *





「————……ナギちゃん、どうするんだよこれ」


 友野ともの晴太せいたは、大きなボストンバッグを持ったまま立ち尽くした。


「うーん、どうしましょうね」

「どうしましょうねって……ここに泊まるはずだったよね?」


 泊まるはずのコテージが燃えているのだ。

 消防隊員が必死に消火活動をしているが、泊まることなんて不可能だろう。


「そうですけど……いやー……これはさすがに、予想外ですね」


 先月、自称助手の渚が、町内会長の趣味でなぜか三等の景品になっていた不気味な河童の置物が欲しいというので、持っていた抽選券を渡したら、一等のペア宿泊券を持ってノリノリで帰って来た。

 思えばその時から、嫌な予感はしていたのだ。

 三等の妙にリアルな河童の置物なんて、どうせ誰もいらないのだから交換してもらえば良かったのに……と思っていたが、一緒に行きましょうとしつこかった。

 仕方なくついて来たら、もう島に着くという頃に船内で岩張島には妖怪がいるという話を聞かされたのだ。

 友野は妖怪になんて会いたくないとすぐに帰りたかったが、美味しい海鮮料理が食べられるからと引き留められ、今に至る。


「どんな妖怪がいるんだか知らないけど、歓迎されてないんだよ。だからこんなことになってるんだ。帰ろう。今すぐ」

「せっかくここまで来たのに嫌ですよ!! 絶対妖怪に会って帰るんですから!! そのために先生と来たのに!! ちょっと待っていてください!! 他に泊まれないか聞いて来ますから!!」


 渚は友野に自分のキャリーケースを預けると、燃えているコテージを真っ青な顔で見つめている管理会社の女に話を聞きに行ってしまった。

 何やら交渉しているようだが、この女だってまさか火事になっているなんて思ってもいなかっただろう。


 渚を遠巻きに見ながら、他に泊まる場所がないなら即刻帰ろうと友野は心に決める。

 しかし——……



「ダメでした。今ちょうど観光シーズンってやつで、ここの管理会社のはどこも予約でいっぱいなんですって……」

「それならやっぱり帰ろう。泊まるところがないんじゃ、妖怪がいる島になんていたくないよ」


 今は昼間だからいいが、夜になったら何か出る。

 基本的に噂になるような妖怪に絡まれたら疲れるだけなのだ。


「いや、それが……さっき乗って来た船で今日は最後みたいで——……これから海が荒れるんですって」

「え……? それじゃぁ、どうやって帰るんだよ」

「大丈夫です。他にも宿はありますあら、別の管理会社ので空きを探してきます!! この優秀な助手におまかせください!!」

「いや、ちょっとナギちゃん!?」


 唖然としている友野を置いて、渚はどこかに行ってしまった。


「まったく……なんて日だ」


 仕方がなく、友野は大荷物を抱えたまま近くのベンチに腰を下ろす。

 大きなため息をついて、ふと風に揺られる木々の方を見上げると……


「あ……」


 何かと目があったような気がした。

 木の葉の間に、何か動くものがあった気が……

 動物か……

 それとも渚が言っていた噂の通り妖怪か…

 近づいてよく見ようと立ち上がったその時————……


「……あれ? 友野じゃないか? こんなところで何してる」


 声がした方を振り向けば、そこには見覚えのある強面。

 あずま警部補がいつものスーツ姿ではなく派手なアロハシャツを着て立っていた。


「こんなところって……東警部補こそ、どうして——……?」

「いや、それが……俺は休暇でな」


 東も友野と同じように大荷物だ。

 東は友野の隣に腰掛けると、深くため息を吐きながら言った。


「泊まるはずのコテージが火事で燃えてな……今、連れが別の宿泊先を探しに行ってる」

「え、東警部補のところも!?」

「ああ……ってことは、お前もか?」

「ええ、今ナギちゃんが他のところ探しに行ってます」

「そうか……それならかなり厳しいかもしれないな。さっき消防のやつに聞いたんだが、昨日今日と同じように燃えたところが多数あるらしい……」

「……それは、災難ですね。放火とかですか?」

「そこまではわからん。古い建物だから電気系統じゃないかって話も出ているそうだがな」


 二人して途方に暮れていると、だんだんと風が強くなって来た。

 これから海が荒れると渚が言っていたが、確かに厚い雲が遠くの方に見える。

 そうして、そろそろ雨が降るかもしれないと思い始めたその時、友野と東のスマホが同時に鳴った。


 二人とも泊まるところが見つかったらしい。


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