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渚が東に連絡すると、すでに南川とともに老人ホーム『ほほえみ』に向かっている最中だった。
神代への逮捕状はまだ出ていないが、東は入居している叔父が心配だったのだ。
単純に甥として会いにきた……と、受付で話したのだが、東の人相の悪さからあらぬ疑いをかけられ、身分書を見せなければならなくて、仕方がなく警察手帳を見せた。
すると、受付でその様子を見ていた男性スタッフが、急に血相を変えて走り出したのだ。
現段階では神代と会う予定ではなかったのだが……
気になって後を追おうとしたが、受付の女性スタッフが東の叔父がいる部屋へ案内すると、先ほどは違って積極的になった。
仕方がなく南川に様子を探らせて、東は叔父がいる四階の部屋へ。
南川が密かに様子を伺うと、確かに一番奥のそこには話で聞いた通りの祭壇が……
「どうして……なんで警察が?」
「わ、わかりません! それと、実は、ついさっきお母様の様子を見に行っていた者が戻ってきまして————」
「わかったのか? あの人が今どこにいるか……」
「ええ、それが、警察に連れて行かれたそうで————」
地下から出て祭壇の前に上がって来た白衣の男を見て、南川は気がつく。
あの男は、ブラシプのライブに何度も足を運んでいた男だと。
ミクを見つめる目が、以前逮捕した婦女暴行事件の犯人にどことなく似ていて、南川は覚えていたのだ。
まさかそれが、例の神代だなんて思いもしていなかった。
「警察!? くそ……どうしてだ!? 一体何が、どうなって————」
頭を抱えながら、白衣の男はとにかくこの地下室の存在を隠すようにとスタッフに指示を出す。
そして————……
「……もういい、わかったよ。僕はここにいる。もう疲れた。どうしても、あの羊から逃れられないなら、せめて未来の部屋で最期に————」
窓の方を見ながら一人、そう呟いて地下へまた降りていく。
そうしてスタッフが座布団を置き、床の扉は隠された。
その翌日、老人ホーム『ほほえみ』に、本格的な捜査が入った。
老人ホームという仮の姿をした、宗教団体。
スタッフ全員がその信者で、何も知らずに入居した多くの老人たちも、洗脳されていたことが判明する。
一階奥の祭壇。
その前にある地下へ続く扉。
階段を下り、鍵のかかった奥の部屋のドアを工具で壊して中へ入る。
しかし、この部屋に立てこもっているとされた教祖・神代の姿はそこになく……
部屋中に貼られたミクの写真と、彼が集めた常軌を逸したコレクションの数々に囲まれた部屋の真ん中に、大きな冷凍庫があった。
人一人が入れるような、まるで棺桶のような冷凍庫。
その冷凍庫の中には、凍死した羊と遺書。
その遺書はミクが書いたもので、両親やメンバー、事務所関係者への感謝と神代に対する恨みが書かれていた。
羊はそれをとても大事そうに抱えていたらしい。
神代の行方は、誰もわからなかった。
* * *
それから数日後、南川は彼らのその後を教えてくれた。
「詐欺師の未谷は留置所で死んでいました。すっかり別人のように老け込んで……最後まで羊がどうのこうのって、叫びながら……もがき苦しんで」
それはきっと、事件の全容を知ったミクのファンたちの恨みだろうと友野は思った。
どこからか情報がリークされて、ネット上では未谷の個人情報も出回ってしまっている。
「人の想いって、集まれば集まるほど強いものだからね……。それが良い方に行けばいいけど、恨みに変わった時はとても恐ろしいんだ」
アイドルという人に見られる職業の人間には、そういう力が誰よりも多く作用する。
愛されると同時に、羨望や嫉妬により恨みを買うこともあるが……その分、多くの人々の想いに守られる。
その想いが、恨みとなり、未谷に降りかかったのだろう。
「大和医師——……神代の方はどうなったんですか? まだネット上では何も出てませんし、警察も発表してないですよね?」
渚が尋ねると、南川はとても悔しそうな表情をして言った。
「それが神代の方は……例の『ほほえみ』の地下室にはいなかったんです。調査に行く前に話していた内容から、地下に立てこもっていると思ったんですが、どこにも姿はなくて————」
ミク推しである南川自ら逮捕したかったが、神代は指名手配されることになったそうだ。
「おそらく、今日の夕方のニュースで流れますよ」
◇ ◇ ◇
『指名手配されたのは、先日詐欺の容疑で逮捕された未谷洋子容疑者の息子で
警察の発表によりますと、未谷大和容疑者が過ごしていた部屋の中からは、先日亡くなられたアイドルグループBlackSheepのメンバー安達未来さんの私物と思われるものが多数発見されており、これらは全て盗品やゴミとして捨てられたものの可能性が高く、ストーカー殺人未遂事件の犯人の可能性もあるとして————……』
本番前、控え室のテレビではそんなニュースが流れていた。
警察から聞いたけど、あの神代という男は本名で何度も未来にファンレターを送ってきていた男だったそうだ。
でも未来は、一人に返事を返してしまったらみんなに書かなければならないからと、決してそのファンレターに返事はしなかった。
彼が未来の遺書を盗んだのは、その遺書を自分宛の返事だと思い込んでいたのではないか……と、いう仮説も聞いた。
神代はまだ捕まっていないらしいけれど、私はあの部屋で未来の遺書を手にしていた羊が、神代なんじゃないかって思ってる。
生贄に選ばれてしまっていたら、きっと私も羊になって————……そう思うと、本当に怖かった。
でも、もう大丈夫。
やっぱり、渚ちゃんを頼ってよかった。
また何かあったら、渚ちゃんに相談しよう。
信じてよかった。
— 【羊と遺書】終 —
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