3—3


「そんな……なんでだよ!! 生贄はジュリに移ったはずなのに……!!」


 慌てて部屋に戻り、大和医師は祭壇の前の金色の刺繍が施された座布団を蹴り飛ばして、地下への階段を駆け下りる。

 あの黒い羊の像に向かって、彼は叫んだ。


「どういうことだ!! どういうことだ!!! 生贄を捧げれば、お前を利用したむくいは返さなくていいはずだろう……!?」


 黒い羊の像は、何も言わない。

 かつては聞こえていたその声は、もう聞こえない。


「未来が生贄になる前に死んだからか!? でも、その代わりジュリを————……まさか、ジュリも死んだのか?」


 大和医師は黒い羊の像に向かって、すがるように叫んだ。


「待ってくれ! それなら、あの儀式の参加者は他にもいるんだ。別のやつを……別の人間を生贄にする——……だから、だから待ってくれ!! もう少し、もう少しだけでいいんだ」


 その時、あの屈強な男性スタッフたちが駆けつける。

 彼らはミクの部屋から盗んで来たものを確認してもらおうと、ちょうど地下室に訪れたのだ。


「……——!? 一体どうしたんですか!?」


 取り乱している大和医師————神代の姿に、スタッフが声をかけると、神代はスタッフの方を見て言った。


「——……いいところに来た。君は、僕を信じているよね?」

「は、はい、もちろんです。神代様は私たちの教祖。希望。素晴らしいお方。私たちの悩みを、苦しみを良き方向へとお導きいただくことができる、素晴らしいお方です……————」

「それなら、僕のために————君が——……」


 神代は男に近づき、ポケットの中から注射器を取り出そうとした。

 しかし、その前に、別のスタッフが駆け込んでくる。


「大変です!! 神代様!! 警察が……警察が!!!」




 ◆ ◆ ◆



「————……詐欺師?」

「ええ、詐欺師です。ヒロコママと呼ばれていたあの占い師自体が、偽物のヒロコママだったんです」

「……え?」

「すべては、仕組まれていたこと——……だったんですよ」


 警察が探していたのは、詐欺師の未谷洋子。

 未谷は表向きは占い師として活動していたが、実はなりすましを得意とする詐欺師だった。

 南川から見せられたその資料の中には、何パターンか変装後の未谷の写真があり、そのうちの一つが友野が『ほほえみ』で偶然あった婦人にそっくりだったのだ。

 その婦人こそが、本当のヒロコママ————あのタロット占いの本の著者だった。


「この未谷洋子という女は、あの老人ホームにいる人たちを騙し、なりすまして生活していたようです。本物のヒロコママの他にも、何人かすでに亡くなっている人物になりすまして、その人に受給された年金を受け取ったり、疎遠になっていた知り合いから金をだまし取ったりと……まぁ、数々の悪行をしていたようで——……」


 ジュリがミクと一緒に最初にヒロコママの占いを受けたあのマンションも、本当はあの老人ホームの入居者のものだそうで、勝手に使っていたのだ。

 あのタロットカードも、悪魔や死神のカードが出るように仕掛けがしてあった。

 全ては、困っている老人を神代と引き合わせ、神代のでうまく丸め込んであの老人ホームに入居させ、監視下に置くため————


「でも、どうして未来を……? その詐欺師が騙していたのは老人ホームに入居できる年齢の人でしょう?」

「ミクさんだったのかまでは……まだわかっていません。ただ、今の所取り調べで未谷は神代の指示でやったと言っています。新しい生贄が必要だからと——……」

「い、生贄!?」



 警察のこれまでの捜査と取り調べによると、あの老人ホームは未谷がだまし取った金で経営してるもので、神代と名乗っていたあの大和医師は、未谷の息子だった。

 未谷が数々の詐欺を働いていた中で生まれた大和医師には人には見えないものが見えたり、隠していることを言い当てたりと、幼い頃から不思議な力があったらしい。

 未谷はその力を利用して宗教団体を作り、大和医師を神代という教祖としたのだ。


 だが、神代のその不思議な力は大人になるにつれて薄れていく。

 なんとかその力をつなぎとめるために、様々な儀式や呪術などに手を出したようで、そのうちの一つがあの黒い羊だった。



「神の力を借りた————と、思っているようですが、それはまるで違うものだったんですよ。力を与えられる代わりに、生贄が必要だったんです。神だと思っていたものは、悪魔だった……とでもいうべきでしょうか」


 何かを得るためには、それ相応の対価が必要なのだと友野は言った。

 だが中途半端に力を持ったものには、自分が一体何と取引をしたのか判断できない。


「ただ、言えることは神代は力を得るためにやってはいけないことをしてしまったんです。そして、その呪いが珠莉亜さんに飛び火してしまったんですよ」

「……は、はぁ」


 悪魔だの神だの、生贄だの……ジュリには話を聞いてもよくわからなかったが、要するにミクは神代によって勝手に生贄に選ばれた————だが、生贄として成立する前に、自ら命を経ってしまったためにジュリに飛び火したのだ。


「————……ということは、あのボディーガードも神代の信者だった……ってことかしら?」

「ボディーガード? 一体何の話だ?」

「そういえば、さっき、未来さんの家にあの写真の男がいたって——……」


 ジュリがぼそりと呟いた言葉に社長と辻が聞き返すと、ジュリは先ほどの写真の一枚を指差した。


「ほら、この人。未来のボディーガードとして、雇っていた一人です。それに、もう一人も……ここに写真はないけど…………」

「な、なんだって!?」

「もしかして、未来の遺書を持ち出したのって————」


 ストーカー事件後、ボディーガードたちは何度も警護のためミクの部屋を訪れている。

 彼らは確かに、神代が紛れ込ませた信者だった。





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