3—2


 友野と渚が、ブラシプの所属事務所に来たのはその日の夜だった。

 案内された大きな会議室にはジュリと辻、そして、社長も詳しい話を聞きたいと同席する。


「ジュリに起こっていることは、一通り聞いています。……が、本当に、ジュリは呪われていると……?」

「ええ、そして、ミクさんも生前同じ呪い————というか、祟りというのが正しいのかもしれませんが……」


 社長は首を傾げ、ジュリと辻は不安そうに友野の方を見た。

 自分の姿が羊に見える——……と、ジュリがミクと同じことを言いだしてから、やっと社長もミクの言っていることが本当だったのかもしれないと思い始めていた。

 だが、やはり実際に体験していない人間には、ピンとこないようだ。

 まだ半信半疑のようだった。


「詳しい話は、ジュリさんに憑いている羊を追い返してからにしましょう。本来祟られるはずの、本人にそっくりそのまま返してしまうんです。そうすれば、もう自分の姿が羊に見えるなんて、そんな奇妙なことは起きませんから————」


 それに、実は警察の捜査に協力してもらいたいこともあると言って、友野は床の上に赤いペンで大きな円を書き始める。


「お、おい、ちょっと!! 一体何を!?」


 勝手に床に落書きされてしまってはたまったものじゃない。

 社長はなんてことをするんだと友野を止めようと怒ったが、助手の渚が社長の方を制する。


「まぁまぁ、落ち着いてください。大丈夫です。これ、水性ペンなんで、儀式が終わったら水で消えますから」

「ぎ、儀式!? 一体何をするつもりだ!?」

「見ていればわかりますよ。むしろ、床に落書きされただけですごいものが見れるんですから、お得なくらいです」


 社長は渚が何を言ってるのかさっぱりわからなかった。

 だが、友野が書いた落書きのような陣の上にジュリが立った瞬間、すべて理解する。



「……ヒッ!? ……羊!?」


 ジュリの頭の上に、羊が見えたのだ。


「わかりやすいように可視化しました。呪いと呼ぶべきか、祟りと呼ぶべきかは微妙なところなんですけどね……悪魔——って言った方がいいんでしょうか? まぁ、呼び方はどうでもいいです。ご覧の通り、ジュリさんには羊が憑いているんですよ……これに完全に取り込まれると、本当に羊になってしまう……そういうたぐいのものです」


 頭の上にいるせいで、ジュリ本人には見えていないが、社長と辻が今にも倒れそうなほど、顔色が真っ青になっていることで、全てを察する。

 自分に見えていた羊の顔を、この二人も見ているのだと……


「さて、ジュリさん。次は、あなたにこの羊を憑けた神代だ。顔は覚えていますか?」

「え、ええ。覚えてるわ」

「じゃぁ、この中にいますか? その神代が」


 友野はジュリに写真を数枚見せる。

 それは、あの老人ホーム『ほほえみ』の職員で、三十代前後の男性の写真だ。


「あ……」

「ん? この人ですか?」

「い、いえ、その人は神代じゃなくて——……さっき、ミクの家で……」


 その内の一人が、ミクの家に侵入して色々と回収していったボディーガードだった男だった。


「この人については、後で……。今は、とにかく神代を確認してください」

「わ、わかったわ……」


 そうして、何枚目かの写真を見てジュリが指差したのは——————




 ◆ ◆ ◆




「————おい、そこの若いの」

「……その呼び方はやめてくれませんか?」

「私の占いじゃぁ、あんた、死ぬよ」

「……は?」


 老人ホーム『ほほえみ』。

 三階の入居者が体調を崩し、診察を終えた大和医師に入居者の洋子婦人はそう言った。

 婦人の手には、死神のタロットカードが握られている。


「悪いことっていうのはね、返ってくるのさ。どんなに逃れようと、対価は払わないといけない。自分自身でね……他人に押し付けようなんて、そんなことはできないのさ」

「……洋子さん、何をおっしゃっているのかわかりませんね。僕のような若輩者になんて構っていないで、そろそろ夕食の時間でしょう? 食堂の方へ行かれたらどうです?」


 大和医師は微笑みながらそう返すと、職員用のエレベーターに乗り込み一階へ。


「……まったく、あのババァ。誰のおかげで生きてると思ってるんだ。未来と関わりのある占い師だからこそ、今まで生かしてやったのに……。それにしても————」


 大和医師は白衣のポケットからスマホを取り出し、電話をかける。

 だが、その相手のスマホには電源が入っていない。

 これで四回目だ。


「やっぱり出ない。何か問題でも起きたか?」


 全く連絡が取れないのも珍しいと、別のスタッフに様子を見にいくよう指示してあるが、まだそのスタッフからもなんの連絡もきていない。

 着替えて自ら探しに行こうかと、一階の一番奥の部屋へ行こうとしたその時だった。


「————え……」


 廊下の窓に、反射して映る自分の姿に背筋がゾッとする。


「……そんな——……どうして? なんで、僕に?」


 羊だ。

 もう二度と自分に返ってくることはないと思っていた、羊がそこにいた。


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