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 ——自分の姿が羊に見える。


 そんなこと、あり得ない。

 普通ならそう。

 私だって、信じられなかった。

 でも、未来が……

 未来が言っていたことと同じ気がして、恐ろしくなる。

 やっぱり、次は私なんだ……


 タロット、手相、姓名判断、四柱推命……

 占いの館の入り口に貼られていたメニュー表には、私が望んでいるお祓いや心霊現象についての表記は一切なかった。

 それでも、あの渚ちゃんがここを指定してきたということは、対応してくれるのだろうと、はやる気持ちで扉を開ける。

 すると、待ち構えていたかのように渚ちゃんが相変わらずの笑顔で駆け寄ってきた。


「珠莉亜ちゃん! いらっしゃい、さぁさぁ! こちらへどうぞ」

「う、うん……」


 中へ入ると、暗めな照明と怪しげな内装。

 中央のテーブルには大きな水晶玉が置かれていて、まさに占いの館と言った感じだった。

 渚ちゃんは高そうなその水晶玉を肘でテーブルの端に追いやって、「今先生を呼んで来ます」と言って、私とマネージャーをテーブル前の椅子に座らせると、奧の部屋へ。


「珠莉亜さん……本当に、こんなところに来て大丈夫なんですか? 怪しくないですか?」

「うるさいわね……確かに、この場所は怪しいけど、あの子————渚ちゃんのこういうことに対する知識は半端ないのよ」


 友野先生には、去年占ってもらっているけど、私は友野先生を信用してここへ来たわけじゃない。

 あの渚ちゃんに相談したくて、ここへ来た。

 このままじゃ、私も未来と同じように羊の呪いで死んでしまうかもしれないと……そう思ったからだ。

 現に、気のせいかもしれないけど、さっきミラーに映ったように見えたあの羊————

 未来がおかしくなる前に言っていた言葉と同じだと思う。


「でも、未来さんがのって、あのロケの後じゃないですか、また変な霊媒師とかだったら……」

「————変な霊媒師?」

「あ、友野先生。お久しぶりです……」


 渚ちゃんに無理やり腕を引っ張られながら、友野先生が私たちの前に出てきた。

 前に会った時にも思ったけど、この先生の視線はどこか不思議で、大抵の男は私の顔か胸を一番最初に見るのに、全然違うところを見る。

 顔よりも上……というか、少し後ろの方。


「どうも。えーと、今日は何? 占いじゃないね、ナギちゃんが連れてきたってことは、についてかな?」

「……ソレ?」

「前はいなかったよね、どこで憑けてきたの? そのみたいなやつ」



 私とマネージャーは顔を見合わせた。

 渚ちゃんにも、呪われてるかもしれないとしか言っていない。

 羊の話は、何一つしていない。

 この話はまだしていないのに————友野先生は、さも当然かのように私の背後を指差して言った。


「曰く付きの場所にでも行った? それとも、さっき言ってた、変な霊媒師にでも憑けられたかな?」




 ◇ ◇ ◇



 BlackSheep——略してブラシプは、ミク(安達未来)、ジュリ(群山むらやま珠莉亜)、ハル(末平すえひら春乃はるの)、マリ(倉沢くらさわ茉里まり)の四人からなるアイドルグループだ。

 人気が出たのはここ二、三年のことで、デビュー当時は中々ヒット曲に恵まれずにいたのだが、とある深夜番組で『占い師の指示に従えば売れるようになるのか』という実験コーナーに出演したのがきっかけだった。

 初心を忘れないよに……ということで、年に数回、彼女たちの公式動画チャンネルの企画で占いをする。

 友野は去年のその企画で呼ばれて、四人とも占っている。


 その時、今のジュリに憑いてるような羊のようなものは、一切いなかった。

 友野が占いと称して、彼女たちの守護霊や背後霊を見たときは、占い師がいう運気の上がる行為を実践していたおかげでとても今のような状況ではない。

 先日亡くなったミクにも、自殺したりするような感じはなかった。


「珠莉亜ちゃん、何があったか詳しく話してくれる? 連絡くれたときに言っていたでしょ? 呪われてるかもしれないって! うちの先生は占いよりもむしろこっちの方が得意だから!!」


 渚は自慢げにそう言いながら、ジュリとマネージャーのつじの前に入れたてのコーヒーを置くと、友野の横に丸椅子を持って来て、ストンと座った。

 ジュリはサングラスを外して、テーブルの上に置くと今にも泣き出しそうな表情で、何が起きたのか語り始める。


「未来が……自殺したって話は、知ってるわよね?」

「うん、他殺の可能性もあるって、ニュースになってたけど……」

「自殺したのは、本当なの。状況からして、多分そう。自宅で首を……吊っていたし。それに、遺書も残してる。でもね、自殺したのは、呪いのせいなのよ。呪いのせいで、あの子、おかしくなっていたの————って、ずっと、そう言っていて————……」



 話は、三ヶ月前に遡る————



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