羊と遺書

第一章 偶像崇拝

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『昨夜未明、人気女性アイドルグループ・BlackSheepブラックシープのメンバー、安達あだち未来みくさんの遺体が、都内の自宅マンションの一室で発見されました。

 安達さんは三ヶ月前、悪質なファンによるストーカー被害により怪我をしたとのことで、療養のためグループ活動を休止中でしたが、亡くなる前日にSNSにて「明日、みんなに良い報告がある」と投稿しており、復帰の時期について発表があるのではないかとファンの間で話題になっていたばかりでした。

 しかし、当日、最後の投稿では「やっぱりダメだった。私は羊になりたくない」と残しており、それが遺書ではないかと、警察では自殺と他殺の両方で捜査をしているとのことです』


 最初に報道が出てから、テレビもネットもこの話題で持ちきりだった。

 まだ自殺か他殺かもわかっていない。

 事務所だって、このことは公表せずに隠していたはずなのに、どこからか情報が漏れて、一気に拡散されてしまった。

 同じグループのメンバーである私たちにとっても、未来の死はショックな出来事だったのに、一体誰がこの話を漏らしたんだろう。


《推しが……推しが……》

《ブラシプのミクミクが自殺!?》

《いやいや、きっと殺されたんだよ! あの事件の犯人、まだ捕まってないんでしょ?》

《信じられない……俺のミクミクが……死んだ》

《実はファンでした。ご冥福をお祈りいたします》

《あの投稿なんだったの? おかしくない?》

《羊になりたくないってなに? どういうこと? 黒羊ブラックシープなのに?》

《グループ内のイジメでもあったんじゃない?》

《ミクはあの辞めたマネージャーとデキてたらしいよ》


 特にネット上では未来についての勝手な憶測が飛び交う。

 生きている時も、死んだ後も、こんな勝手なことばかり言われて……

 何にも知らないくせに。

 ちょっと歩くのが遅かっただけで、仲間はずれにされてるとか、マネージャーと付き合ってるだとか、番組プロデューサーと寝たとか……

 ありもしないことばかり。


 未来が一体何に悩んで、何を恐れていたのか、何を好きで、誰を愛していたのかも知らないくせに、少し前まで、新曲のリリースイベントの感想であふれていた「#ブラシプ」のハッシュタグが、今はミクの訃報と憶測だけの嘘であふれてる。

 中には、関係のないお金稼ぎの投稿や、誰だかわからないセンシティブな画像にも一緒につけられているものも……


 社長からテレビもSNSも見るなって言われたけど、無理だよ。

 悔しくてたまらない。

 未来が死んだことを、まるで未来が悪いように書く連中がいることも、未来がこんな風に思われるようになったきっかけを作ったあの男も。


 それに、未来がこんなことになったのは、あののせいよ。

 そうとしか思えない。


『さて、続いては今日の占いのコーナーです! 週末の今日は、友野ともの晴太せいた先生ですね!』


 その時、つけたままだったテレビ画面に映ったのは、生放送の番組のミニコーナー。

 占い師の友野先生とは、去年、動画の企画で占ってもらったことがある。


「……なぎさちゃん」


 友野先生の顔を見て、私は中学の同級生・日輪ひのわ渚ちゃんを思い出した。

 渚ちゃんは今、この友野先生の助手をしている。


「渚ちゃんなら……なんとかしてくれるんじゃ?」


 呪いとか幽霊とか、そういうホラーな話は渚ちゃんが一番詳しい。

 そうだ、渚ちゃんに相談してみよう。

 渚ちゃんなら、何か知っているかもしれない。


 を、解く方法を————


 だって、だって、本当に未来が死んだのがあの呪いのせいだったら、次は私が殺されるかもしれない。

 私もあの時、未来と一緒にあそこにいたのだから。



 * * *



 渚ちゃんに連絡すると、思った通り、呪いなんてバカな話だなんて言われることもなく、むしろ「よろこんで」と言われてしまった。

 なんて不謹慎な……とも思ったけど、それでこそ、渚ちゃんだ。

 あの子は、正直、アイドルの私よりもずっと可愛くて、美人な子で、中学の頃はそんな自分の魅力には全く気付かずに、妖怪とか怪奇現象とか、学校の七不思議とか……そういうホラーなものにばかり夢中になっているような変な子だった。

 女子から妬まれたりも多分、していたと思う。

 去年久しぶりに会った時なんて、どこの芸能人かと思ったくらいだったから。


 でも、占い師の助手なんてしてるくらいだから、きっとあの頃と変わらず怖いものや不思議なものに興味があるんだと思う。

 こういう時、頼りになるのは、そういうことに詳しい人。

 プロに頼むのが一番確実なんだってことは、よくわかってる。

 その渚ちゃんに、詳しい話を聞いてもらうためにマネージャーに同行してもらって、指定された住所のところまで来たのだけど……


「——……ねぇ、いつになったらつくの?」


 運悪く、道路工事で迂回したせいで約束の時間が近づいているのになかなか到着しない。

 この後、スケジュールがあるから、急いでいるのに……


「す、すみません。この辺りのはずなんですが……」


 後部座席から窓の外を眺めていた私がしびれを切らして運転席のマネージャーに声をかけると、バックミラー越しに謝られた。


「しっかりしてよね。占いの館よ。占いの館。近くの駐車場に一度車停めて、降りて探して来てよ」


 覗き込んだナビでは、目的地周辺ですって出てるけど、なんでか見つからない。

 ここは雑居ビルだらけの飲み屋街みたいな場所。

 未来が死んだことで、全国的に話題になっているブラシプのメンバーがこんなところにいるのを誰かに撮られたら、また変なネットニュースで取り上げられるかもしれないじゃない。


「そうですね……あ! ありました!」

「そう、ならいいわ……」


 やっと見つかって、私はナビから視線をバックミラーに向ける。

 一応、降りる前に前髪を整えようと思った。

 だけど……


「えっ……?」


 一瞬、ほんの一瞬。

 ミラーに映ったのは、変装用にかけてるサングラス姿の私じゃなかった。


「どうしました? 珠莉亜じゅりあさん」


 私の顔じゃない。

 だ。


 羊だった。

 羊だったの。





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