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 令子が客室から出て行ったあと、友野は急いで残りの荷物を鞄に詰めて、さっさと帰ろうと渚をせかした。


「せ、先生? どうしたんですか?」

「帰ってから話す。今は何も聞かないでくれ」


 そうして、来た時と同じように、蛍が運転する車に乗って友野は首無村を後にする。

 車内で、友野は一言も話さず、渚が一方的に蛍と会話しているだけだった。


「犯人がわかったら、連絡してくださいね! きっとおじいさんは犯人じゃないと思います!!」

「ええ、私もそう信じているわ。ありがとう」


 占いの館で降ろされ、車が見えなくなるのを確認すると、そこでやっと友野は口を開いた。


「蛍さんからは、多分もう、連絡は来ないと思うよ」

「え?」


 友野の言った通り、それ以降、蛍からの連絡が来ることはなかった。

 数週間後、この殺人事件の犯人が、やはり当初の警察の捜査の通り、桑島正であることが判明したからだ。

 それも、令子と村長、そして、森田を含む多くの首無村の住人が証拠隠滅、死体遺棄等の罪で逮捕された。

 何も知らなかったのは蛍だけ。


 渚がその事件の真相を知ったのは、首無村の事件が多くのメディアで報道された後のことである。

 それも、オカルトマニアの須之部から聞いた話だ。




 ◇ ◇ ◇



 なんでも、あの殺された坂本って男……あぁ、女か?

 まぁ、どっちでもいいか。

 とにかくだ。

 その坂本の父親っていうのが、桑島のジイさんだったらしい。

 母親があの旅館で三十年くらい前に仲居をやってたらしくて、そん時、村長だった桑島のジイさんが不倫してんのがバレそうになって、女を殺そうとしたんだ。

 露天風呂の近くで見つかった白骨死体も、ジイさんが村長の時に不倫してた女たちだそうで、みんな身寄りがないから誰にも見つけられなかった。


 で、息子いただろう?

 失踪した息子。

 あいつは、ジイさんのことをかなり尊敬してたみたいで……

 でも、ジイさんの裏の顔を知っちまって、家出したらしい。

 自分も殺されるかもしれないって……


 女将も、ジイさんの女癖が悪いのはわかってたけど隠して、我慢してた。

 でも、それで大事な息子がいなくなっちまったから、だんだん心が病んでたみたいで、ずっと息子の帰りを待ってた。

 そこへ、ひょっこり自分の息子と同じくらいの年齢の、腕に息子と同じ痣を持ってる坂本が現れたわけだ。

 ジイさんには内緒で、屋根裏部屋にしばらく住まわせてたんだよ。

 自分の息子だって、息子が帰って来たんだって思い込んでてな。


 最初はそれでよかったんだけど、ほら、やっぱり別人だし、体は男でも中身が全然違うだろ?

 だから、やっぱり別人だって思えてくる。

 でも、ジイさんに見られたら、ここ最近ボケて来てるから、いなくなった息子だと思われちまったらどうしようって……そう思ったわけだ。

 で、隠してたんだけど、そこへ蛍ちゃんが出戻って来た。


 嫁ぎ先で散々な目にあって、逃げるように帰って来たあの子を放っておくわけにもいかないだろ?

 蛍ちゃんにもジイさんにも坂本が屋根裏部屋にいることは隠して、いつ言おうかと思ってた時に、蛍ちゃんが誰かに見られてるって番頭に話していたのをジイさんが聞いちまったんだ。

 それでジイさんが泥棒でもいるんじゃないかって、刀を持って屋根裏部屋に行ったら、ちょうど風呂上がりで髪を下ろした坂本がそこにいたわけだ。

 自分が三十年くらい前に殺し損ねた女と全くおんなじ顔した坂本がな。


 ジイさんは坂本をその女だと思って、見た瞬間に過去に戻っちまったんだ。

 だいぶボケてきたみたいで、パニックになって、首を切り落としちまった。

 でも、死んだのは村の住人じゃないし、他に身寄りがないってことも女将はわかってたから、蛍ちゃんが家に帰って来る前に、村のみんなで協力したんだと。

 首無し男の祟りってことにしようって。


 さらに運良く蛍ちゃんが首無し男を見たって騒いでたから、ちょうどよかった。

 温泉に生首と鶏の血を浮かべたのも、祟りに見せかけるために村のみんなで考えてやったことらしい。

 首を間近で見ちまった鈴森さんが、坂本の知り合いだったのは予想外だったらしいけどな……


 首無し男はもうあの村にはいないけど、俺はさ、あの村にはまだまだ別のやばい話が転がってると思ってるんだ。

 だから、これからも取材を続けようと思ってる。


 あんな事件が起きた村だぜ?

 他にも誰かの死体が埋まってるんじゃないかと思うんだよ。


 それに中には、桑島のジイさんがそれこそ首無し男の祟りで村がおかしくなったって信じてる村人もいるみたいで……

 やっぱりほら、あんな小さな村でも、政治家には信者ってのがいるみたいだ。

 長いこと村長だったし、村の英雄みたいなもんだったからな。


 今あの村では、首のない馬の死体が毎日のように転がってんだよ。

 伝説だと、人間の首と数が合わないから切られたのにさ。

 馬の首さえ埋めればいいと思ってる。

 このままだと、あの村は馬の墓場になっちまうな。


 何十年もしたら、そのうち村の名前も、首無村じゃぁなくなってるかもな……

 例えばそう、馬墓村とか?

 まぁ、俺にそういうセンスはないから、先のことは知らねぇけど。




 — 【馬墓の血】終 —

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