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 ミクは、グループ内で一番人気のあるメンバーだった。

 四人それぞれ個性があるのだが、ミクのぱっちりとした丸い瞳は小動物のように可愛らしく、ダンスが上手で子役として活躍していたこともあり演技も上手で、ドラマにバラエティと幅広く活躍している。

 そして自分の容姿には絶対の自信を持っていた。

 基本的にはオンもオフも笑顔の絶えない明るい子だった。


 ブラシプのファンの間では、女神様と呼ばれていて、それは今のように世間で認知される前からである。

 そんな彼女の悩みは、最近、おかしなファンに付き纏われているということだ。


「——……ストーカー?」

「うん、多分そうだと思う。事務所とかテレビ局の前で出待ちされてるとかならまぁわかるんだけどね……」


 ミクが住んでいるマンションの前やよく通うコンビニ、カフェ、歯科医の前にもいたらしい。

 非通知の電話もあって、とにかく気味が悪い。

 事務所で相談した結果、しばらくの間、学生時代柔道部だった男性マネージャーがプライベートでもどこかへいく時は同行することになったのだが、それが悪かった。


 必然的に、そのマネージャーと一緒にいることが多くなったミクは、そのマネージャーと付き合っていると噂になってしまい、週刊誌やSNSなどで騒がれるようになってしまう。

 そして、その記事を見たストーカーは逆上し、ミクはナイフを持った犯人に刺されそうになった。

 マネージャーがミクの代わりに刺されたが、犯人は逃げてしまって今だに逮捕されていない。

 刺されたマネージャーは出血多量で生死の境をさまよい、長期入院中だ。

 ミクはかすり傷程度で済んだが、目の前で人が死にかけたのだ。

 ミクの精神状態を心配し、事務所は療養のため活動休止を発表した。


 しかし、その休止中もミクの周辺では不幸なことが相次ぐ。

 買ったばかりの洗濯機が故障したり、父と兄が事故にあったり、祖父が脳梗塞で倒れて入院したり……


 長らく占い企画で色々とやってきたミクは、きっと運気が下がっているのではないかと考えた。

 そこで、ちょうどオフだったジュリを誘って占いに行ったのだ。

 アイドルとしてデビューする前、ミクが見てもらったことのある占い師に。

 犯人がいまだに逮捕されていないため、しばらくセキュリティ万全のマンションから全く外出していなかったミクには、これが久しぶりの外出だった。


「大変なことになりましたねぇ……お体は大丈夫なんですか?」

「ええ、体の方は。それより、なんだか最近おかしなことばかり起きていて……」


 その占い師は中年の女性で、ヒロコママと呼ばれている。

 ミクはこのヒロコママのアドバイスのおかげで、オーディションに合格できたと信じているようだ。


「あの事件のことも……まだ犯人もまだ捕まってなくて——……今日も、外に出るのに念のためボディーガードを二人つけてはいるんですけどね」


 ミクが身の回りで起きたことを一通り説明すると、ヒロコママはタロットカードを取り出して、テーブルの上でシャッフルし始める。

 ジュリはその間、何か視線を感じて室内を見回す。

 すると、棚の上に置かれた金ピカの高さ三十センチほどの毘沙門天の像と目があった。

 純金ではないだろうけど、壁に貼られている油絵や別の棚の上にある彫刻や壺もなんだかすごく高価そうで、占いだけでここまで儲かるのか……と感心する。

 ヒロコママが占いを行っているこの部屋も、高級マンションの一室で、家賃も相当たかそうだし、きっと大物の芸能人とかもお忍びできてたりするんだろうと。

 部屋を見ただけで当たる占い師——……という感じがした。



「——……これは、大変だ」


 ヒロコママがタロットカードをめくると、塔、ワンドの10、悪魔、吊るされた男、死神————素人が見てもあまり良くなさそうなカードばかりが並んでいる。


「未来ちゃん、あなたには今とても悪いものが憑いている。これはいけない。運気が悪いっていうレベルじゃぁない」

「そ……そんな!!」


 ゆったりとした口調だったヒロコママは、ひどく焦った表情で早口になる。


「今すぐ、あの方のところに行った方がいい!!」



 そうして、ヒロコママに案内され、ミクとジュリは連れて行かれる。

 そこは、『ほほえみ』という老人ホームだった。


「どうして、老人ホーム?」

「いいから、早くあの方の元へ!!」


 ジュリは戸惑ったが、ヒロコママが言うのだから間違いないと、ミクは躊躇うことなく中へ入っていく。

 ミクが行くなら仕方がないと、ボディーガードの二人も後に続いた。

 大広間では車椅子のご婦人たちが談笑をし、その名の通りおだやかで微笑ましい光景が広まっていた。

 個室が並ぶ長い廊下を抜けて、ヒロコママが一番奥の部屋のドアを開けると、一人の三十代前半くらいの男が金ピカな祭壇に手を合わせて座っている。


「おやおや、これは大変だ。すぐに儀式を始めないと……」


 そう言って男は、ミクの方を見て微笑んだ。


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