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 ————黄昏時。

 昼と夜の境目の逢魔時。


 昼間訪れた時には不気味なほどに静かだったこの道を、今、黒い服を来た首のない男が歩いている。

 普通ならばそこにあるはずの、首から上がぽっかりと無い男の体が、ゆっくりと、西村の目の前を再び歩いて行った。


「……っ……」


 通り過ぎるまで、絶対に声を出してはいけないと友野に念を押されていたため、必死に両手で口元を押さえつけ、家と家の間に身を潜めてその男の姿を見た西村は、ガタガタと震える。

 もし、見ていることがバレたら、殺される。


「……は……ぁ……え!?」


 首無し男が一人通り過ぎ、やっと声が出せると思った瞬間、もう一人、別の首無し男が……

 さらに、その後ろには、首から上ではなくて、額から上がない女の姿も……

 わけがわからないまま、気づかれないように息を殺していたが、西村はもう怖くて泣きそうだった。


 次々と、首のない男や頭のない女、明らかに今の時代の人間ではない服装の子供も、通り過ぎていく。

 時間にしてはほんの数分の間の出来事だったのだが、西村にはそれが永遠にも感じてしまう。

 最後の一人が通り過ぎた時、ここで待っているように指示をして何処かへ行ってしまった友野が戻って来た。


「どうでした? 見えたでしょう?」

「……どうでしたも何も!! なんなんですか今のは!!!」

「だから、ですよ。霊の通り道です。首無し男じゃないんです。見える範囲から上だったんです、首はちゃんとついてましたよ?」



 友野の予想したどおり、西村と蛍が目撃した首無し男の正体は、この霊道を通った霊だった。

 通常、大人になると霊の存在をその目で見ることはできなくなる。

 だが、霊の方から訴えるものがあったり、波長があったりすると大人でも見えることがあるのだ。


 もちろん、そんなオカルトなことは一切信じていなかった西村も、条件が揃った今の状態でなければこんなものを見ることはできない。

 友野が地図で確かめたこの道は、一直線上に伸びた霊道になっていて、夕方や早朝の夜との境目のほんの数分だけ、普通の人間にその姿が見えやすくなっているようだった。


「首が無いのは!? 首が無いのはどういうことですか!?」

「首はあったんですけどね……見える範囲の問題です。俺の目には、普通に人の霊が歩いているだけにしか見えなかったので……西村刑事や、蛍さんには首から下の高さまでしか見えなかったんでしょう」


 友野は、この村に伝わる首無し男の話は、同じように首のないようにしか見えない霊の姿を誰かが目撃したのが始まりではないかと考えたのだ。

 もしかしたら過去にそういうものが本当にいた可能性はなくないが、今、この村には首無し男の霊も妖怪も祟りも存在していないのである。


「じゃ……じゃぁ、首無し男の呪いとか、祟りとか……そういうのは、関係ないんですね!?」

「ええ、大丈夫です。ただ、普通はこうも頻繁に見えるものじゃないので……きっと、どこかで結界か何かがずれたか、壊れているはず。そこにないといけないものが、あるべき場所にないとか————」

「あるべき場所にない……?」


 友野の言っていることがわからなくて、西村は首を傾げた。


「例えば、何か神器的なもの……古くからこの村にある何か伝統的なものとかですね。位置をずらしたりすると、こんな風に繋がっちゃったりするんですよ。あの世とこの世の世界が——……ね」

「なるほど……それって、もしかして——……凶器に使われた日本刀じゃ?」

「日本刀?」


 西村の発言で、それに違いないと友野は確信した。


「西村刑事、被害者……坂本さんの首が切られた時間は、だいたい何時頃かわかりますか?」

「え? あぁ、えーと、発見された日の前日の昼から夕方にかけてで————あ……」


 蛍が首無し男を目撃した時には、すでに坂本は殺されていたのだ。

 その殺害に使われた日本刀は、旅館から姿を消して何処かに隠されている。

 そのせいで、道を歩く首無し男を蛍は目撃したのだ。


「一度旅館に戻りましょう。日本刀が保管されていた場所を見れば、隠し場所を見つけられるかもしれません」

「そ、そんなことが!? あなた、本当にただの占い師じゃないんですね……」

「……いえ、占い師です。あくまで」


 友野は西村にそう念を押して、西村と一緒に温泉旅館に戻った。



 * * *



「日本刀が置いてあった場所ですか?」


 旅館の入り口で受付の手伝いをしていた仲居姿の渚に、友野は声をかけた。


「うん、どこか蛍さんに聞いて来てくれる?」

「……わかりました。で、西村刑事」

「な、なんです?」

「首無し男は、見れたんですか?」

「あ……あぁ、はい」

「……チッ」


 まさかの舌打ちをされて、西村は面食らう。

 渚は自分も見たかったのに、絶対興奮して声を出しちゃうからと、友野に行くのを止められていたのが不満なのだ。

 ただ部屋でじっとしているのもなんだったため、警察たちや、事件の噂を聞きつけたオカルトマニアだったり、潜入記者だったりが来て急に慌ただしくなった旅館の手伝いをして気を紛らわせていたが、やはり直接この目で見たかった。


「すみませんね、直接見れなかったことが相当不満だったみたいで……」

「……あんなものを直接見たいだなんて、そうとう変わった趣味を持っているんですね」


 不満タラタラのまま渚が蛍を呼びに行き、日本刀が常においてあった場所は、正の部屋の床間であることが判明する。

 蛍に案内され正の部屋に入ると、床間には刀掛けだけが鎮座していた。


「強盗が入ってもいつでも守れるように……って、常にここに置いてあったんです。手入れは全て祖父が……——まぁ、こんな古い旅館に盗みに入ろうなんて人はいませんけどね」




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