終章 馬の骨

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 捜査本部の刑事たちが調べると、坂本の部屋から採取された毛髪や歯ブラシなどから検出されたDNAと、予想通り被害者のDNAが一致した。

 しかし、おかしなことに一緒に住んでいたとされる彼女のDNAが一切検出されていない。

 クローゼットには女性物の洋服と男性用の洋服の両方があり、化粧道具もあった。

 どちらかの趣味がコスプレだったのだろうか、様々なウィッグも見つかっている。

 だが、どこを探しても坂本一人のDNAしか検出されないのである。


「坂本さんがここへ越してきて、三年だろう?」

「ええ、記録ではそうなっていますね」

「じゃぁ、隣の住人が見たって言っていた彼女は? 同棲していたんじゃないのか?」


 行方不明の人間は二人いるはずなのに、この部屋には一人分の痕跡しか残っていないのだ。

 おかしいと思った刑事たちが、マンションの監視カメラ等も調べてみると、新たな事実が判明する。

 隣の住人が見ていた彼女とは、坂本自身のことだったのだ。


 坂本は会社へ出勤するときは男性用の髪型のウィッグを被り、スーツ姿だった。

 だが、休日や帰宅後に出かける際は、ウィッグを外して服装も女性物に着替えている。


 彼のしていた行動が、亡くなった今となってはただの女装趣味だったのか、それとも性同一性障害だったのかはわからない。

 鈴森が言っていた、「あまり写真に写りたがらない」というのは、おそらく男性である自分の姿を写真に取られるのが嫌だったのだろう。


 そして、もう一つ見つかったのは、最近亡くなったとされている坂本の母親の遺品だ。

 仏壇のそばに置いてあった昔のアルバムには、幼い日の坂本と若い頃の母親の写真。

 その若い頃の母親の写真の顔と、坂本の顔はとてもよく似ていた。

 父親の詳細は不明だが、鈴森の話だと首無村の出身とのこと。

 おそらく、犯行動機はその父親が関係しているだろうと本部の刑事たちは推理する。


「あとは、凶器がどこにあるか……ですね」

「容疑者——桑島正の容体はまだ回復していないんだろう?」

「ええ、最初の任意の事情聴取の時には何も知らないと、突っぱねてましたからね。倒れてから脳に異常も見つかってるし……とても話せる状態では……」


 首の切り口から、鋭い刃物で切られたことは明らかだし、日本刀を使いこなせるのは正しかいない。

 凶器とされている桑島家に代々伝わっている日本刀は、事件のあと行方不明となっている。

 あとは凶器さえ見つかれば確実だ。


「西村は何してるんだ? 俺たちはここまで調べ上げたんだ。あいつ、自信満々で見つけてくるって言って、もう何日も経ってるぞ?」

「あいつは……ちょっともう、どこかのネジが飛んでるといいうか、なんというか————」

「お父上は素晴らしい人だったのに……」


 大きなため息を吐きながら、刑事たちは首無村にいる他の刑事たちからの連絡を待つことにした。




 ▲ ▲ ▲





「それじゃぁ、馬の首を斬った凶器と、断面が違うと?」

「ええ、馬を斬ったのは、おそらくチェーンソーではないかと……」

「確かに包丁なんかで馬の骨を切るのは大変そうだしな……馬の方は素人の犯行……ということか?」

「本部の方では、被害者の首を斬った人間とは別の人間がやったんじゃないかって、そう考えてます。馬も同じ犯人だと思っていたから、ややこしくなっていたんじゃないかと……」


 使えない西村の代わりに、応援でやってきた別の刑事と馬の首の件で友野たちから事情聴取をしていた年配の刑事との会話を背後に、友野は西村から首無し男を目撃した場所を確認した。

 窓を開けて顔を出し、首無しの男が通ったトイレの前の道が、先ほど蛍に案内してもらった目撃現場と一直線であることに気づく。


「うーん……確かに、何かが歩いたようなあとがあるような……駐在さん」

「は、はい!」


 急に声をかけられ、驚きながらも若い警官は友野に駆け寄った。


「なんでしょう?」

「この村の地図のコピーもらえませんか?」

「地図ですか?」

「ええ、今朝の……——馬の首が見つかった場所も、この道の一直線上のような気がするんですが……」

「え?」


 友野に言われた通り、警官は地図のコピーを持ってきた。

 そして、首無し男が目撃された二箇所に記しをつけ、まっすぐに線を引いて延長すると……


「ほら、ここ。あの墓のあった場所ですよね?」

「そ、そうです!」


 蛍が目撃した現場——駐在所——墓……事件があった場所は一直線上につながっていた。

 また、温泉旅館ともつながっていて、友野が外に何かがいると思ったあの窓が面している。


「俺の予想が、正しければ……おそらく、これは————」




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