2—4


 馬の首が見つかったことを警察に連絡すると、現場に来たのは駐在所の若い警官と西村とは別の年配の刑事だった。

 詳しく事情を聞きたいと言われ、友野たちは駐在所へ。

 駐在所についた頃にはすっかり霧が晴れていて、気温も上がり始めていた。


「あの刑事さんは帰ったんですか?」

「あの刑事さん?」

「ほら、コートを着て、どっかの刑事ドラマの主人公みたいな格好の」

「ああ、西村刑事ですか。あの人なら、聞き込みに行っています」


 若い警官は渚に聞かれて、書類を書きながらそう答えると、呆れたようにため息を吐く。


「首無し男の伝説について詳しく知りたいって、早朝から大騒ぎだったんですよ。今まで散々村の人たちが祟りだって言っていたのを否定していた癖に……急にって言い出して……————一応知っていることは教えたんですけどね。こういうのは村長が一番詳しいって話をしたら、すっ飛んで行っちゃいました」


 この警官は西村の行動には迷惑しているようで、ペラペラと今朝起きた騒動を話し始めた。

 夜遅くまで西村の根拠のない推理に付き合わされ、ようやく寝れたと思ったら早朝に何か大声で叫んでいて、どうしてすぐに来なかったと怒られたそうだ。


「首無し男を見たんですか!? どこで!? どこで!?」


 しかし、話した相手が悪かった。

 渚はキラキラと瞳を輝かせ、一体どこで見たんだと食いついてきて、西村以上にしつこかった。


「え、えーと、その、そこのトイレの窓から……歩いているのが見えたと」

「トイレ!?」


 渚が事情聴取そっちのけで勝手にトイレに踏み込むと、小便器の上に、平均的な身長の男性なら首から上が見える高さの小窓があった。


 そして、小便器の前になんのためらいもなく立つ。

 渚は少し背伸びをして窓の外を見るが、もちろん今そこに首無し男がいるわけがない。


「こら、ナギちゃん戻りなさい!」

「えー……!! 私も首無し男見たいのに!!」


 友野が連れ戻して椅子に座らせたが、渚は口を尖らせ不満そうだった。

 若い警官と刑事は、ずいぶん変わった娘だなと思いつつ、事情聴取の続きを始める。

 その手のことに詳しいからと、渚に今回の件を依頼した蛍は、少し困った顔をしながら刑事からの質問に丁寧に答えていた。

 そして、ふと駐在所の奥にあるホワイトボードの方に視線がいく。


 蛍の座っていた位置から偶然見えたそれは、西村が独自に作っていた捜査資料のようなものだ。

 容疑者として正の顔写真も貼られていたので、気になったのだろう。

 他にも、死体が見つかった現場写真として屋根裏部屋の写真が貼られていた。

 流石に切断された女の首や男の切られた首の断面部分の写真は貼られていなかったが、男の体の特徴的となるような写真もある。


「桑島さん……? どうされました?」


 急に質問しても答えなくなった蛍に、不審に思って刑事が名前を呼んだ。

 しかし、蛍の視線はそのホワイトボードの写真に向いていて、心ここに在らずだった。

 友野は蛍の視線の先に、ホワイトボードがあることに気がついて、貼られていた写真を見る。


「あ……あれって……————」


 ホワイトボードに貼られていた写真の一枚に、腕に火傷のような痕があるものがあった。

 それは、蛍の腕にあるものと、似ているように友野には思えた。

 友野が聞く前に、蛍は写真を指差して尋ねる。


「あの、刑事さん……あの写真って、もしかして、うちの屋根裏部屋で見つかった死体の————?」

「え?」


 刑事は振り返って、ホワイトボードの存在に気がつく。


「おい、誰だよ! 大事な捜査資料あんな見えるようなところに!!」

「に、西村刑事ですよ!!」


 捜査資料が漏れてしまっていると警官は怒られていたが、確かに悪いのはあの状態のまま放置して聞き込みに行ってしまった西村だ。

 警官は慌ててホワイトボードをひっくり返そうとしたが、蛍がそれを止める。


「待ってください! その痣、あの死体のものなんですよね!?」


 蛍は左腕をまくって、写真と同じ痣を見せて言った。


「……兄かもしれないです。兄にも、私と同じ痣があったんです!」


 それは一見火傷の痕のように見えるが、桑島家の人間に遺伝で受け継がれている痣だった。

 位置も形もほとんど同じ。

 行方不明となっている蛍の兄の腕にも、同じものがあったという。


「なんですって!? それは、本当ですか!?」

「それじゃぁ、あのじいさん、自分の孫の首を……!?」


 警官と刑事が驚いていると、そこへ申し訳なさそうな小さな声で「すみません……」と、女性の声と一緒に駐在所のガラス戸が開いた。


「あの、お尋ねしたいことがあるのですが……」


 温泉で首を最初に見た鈴森だ。


「え、えーと、なんでしょう?」


 警官が尋ねると、鈴森は不安そうにぎゅっと服の胸元を掴みながら意を決したように言った。


「先日、あの旅館で見つかったという首のない男性の死体なのですけど……私が探している人——……かもしれないんです」

「え……?」

「左の腕に、火傷のような痣はありませんでしたか?」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る