2—3


 実際に自分の目で首無し男を目撃した西村は、急に恐ろしくなった。

 きっと何かのトリックに違いないと、普段ならそう考えるのかもしれない。

 しかし、こんな早朝に誰がそんなことをするだろうか。

 駐在所に刑事が居座っていることは、村の住人なら皆知っていることだが、西村がトイレに起きる時間なんて誰にもわからない。


「おい、君……」

「なんです? 西村刑事」

「……その、君はこの村の……例の伝説について詳しいかい?」

「え? ええ、まぁ、自分は元々この村の出身ですんで……」


 西村は若い駐在警官に、伝説について尋ねる。


「そうか、それなら、教えて欲しいのだけど————……」



 ▽ ▽ ▽




「すごい霧だな……」


 朝食をとった後、友野と渚は蛍の案内で首のない馬の死体が発見された場所へ来ていた。

 朝から濃い霧が立ち込める中たどり着いたその場所は、山のすぐ目の前にあり、数年前は畑だった空き地。

 ここは村長が所有している土地で、死んでいた馬も村長が飼っていた馬だそうだ。


 見つかった馬の死体はとっくに片付けられてしまっているが、その場所だけは雑草が凹んでいるためわかりやすかった。

 それに友野には馬の霊も見える。


「うーん、流石に馬と会話はできないんだよな……」

「え、先生!! お馬さんの霊がここにいるんですか!?」

「ああ、ナギちゃんが立ってるすぐ右側にいるよ。でも、ね、ほら、馬と会話は流石に俺でも——……って、え?」


 馬の霊は、友野が自分の姿が見えていることがわかったのか、まるでついてこいとでも言うように、ゆっくりとその場から動き出した。

 友野もなんとなくその馬の後について行くと、馬の霊は山の方にどんどん入って行く。


「先生? どこに行くんですか?」

「いや、なんか、こっちに来いって言ってる気がして……危ないから、二人はついてこなくていい!」

「何言ってるんですか!! 私も行きますよ!! 気になるじゃないですか!!!」

「え、ちょっと、私も行きます! 置いていかないでください……」


 渚も友野の後を追い、蛍もその後を追った。

 一歩山の中へ入ると、細い獣道が奥へと繋がっている。

 この先に一体何があるのか、蛍は途中で検討がつく。


「と、友野先生!! この先は……————!!」


 山中に、木の生えていない一部ひらけた土地が現れる。

 上空から見ればそれは、山にぽっかりと空いた穴だ。

 木は生えていないが、その代わり石碑がいくつか並んでいる。


「————お墓です。あの伝説で……首無しの男に殺された人たちの……」


 蛍より一足先に石碑の前に立った友野と渚は、その光景に絶句する。

 中央にある石碑の前に、その馬の首は、こちらを向いて置かれていた。

 馬の首のたてがみが、切り落とされた際に付着した血で顔に張り付いて固まっている。



「ありましたね……馬の首」

「あぁ……」


 馬の霊は、自分の首が見つかったことに満足したのか、姿を消した。

 おそらく、成仏したのだろう。


 しかし、一体誰が、こんなことをしたのか、謎は深まるばかりだ。

 まるであの伝説のように、足りない首を馬の首で代用したかのようだった。


「ここ、穴が空いてますね。馬の首を埋めるつもりだったんでしょうか?」


 渚が指差したのは、馬の首が置かれている石碑の目の前。

 最近掘り返したような穴がある。

 友野がしゃがんで穴の中を覗くとそこには大きな石が埋まっていた。


「きっとこの石が邪魔でこれ以上掘れなかったんだよ。この頭を埋めるには、浅すぎるからね」

「埋められてしまった後だったら、見つけられなかったかもしれませんね……」

「うん、そうだね」


 流石に馬の霊に案内されたなんて理由で、墓を掘り返すわけにはいかなかった。

 この村には、友野の能力を信じているあずま南川みなみかわのような刑事がいないのだから仕方がない。


「や、やっぱり、祟り……————って、ことですよね?」


 蛍は、馬の首をなるべく見ないようにして、恐る恐る友野に尋ねた。

 先ほど蛍が言った通り、ここはあの伝説に登場する場所。

 陰陽師が馬の首とともに首を切られた人たちの死体を埋めるように支持した墓なのだ。

 馬の死体が発見された時も、あの女の首が発見された時も病院にいて、この村にはいなかった祖父の正にはやはりこの犯行は不可能だ。


「きっと、どこかに首無し男がいるんですよ。隠れてるんですよ。きっと、うちの屋根裏部屋で見つかったあの死体は、その首無し男に首を切られた人のものなんです……」


 首無し男は、自分の首を探して、他人の首を切り落とす。

 あの死体の首は、首無し男が自分の首として持って行ったのではないかと、蛍は言い出した。


 だが、友野はまだ納得がいっていない。

 これが本当に首無し男の祟りだと、妖怪や怨霊の仕業だと言うのなら、殺された二人は一体何者なのか。

 なぜ村の人たちが誰も知らない人物が殺されたのか、わからない。

 本当に祟りであるなら、村人が殺されるものではないのだろうかと思った。


「もう少し、調べましょう。確かに、あなたのお祖父さんには馬もあの女性も殺すなんて犯行は無理です。お祖父さんは犯人じゃないと思います。でも、俺はまだ、首無し男をこの目で直接見ていないので」


 それに、もしこれが本当に祟りだとしたら、他にも被害者が出るかもしれない。

 止めなければ、危険だと友野は思った。




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