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 蛍が見た首のない男の話は、もちろん警察にも話してある。

 だが、あの探偵気取りの西村刑事がそんな話を信じるわけがなかった。

 容疑者となっている祖父をかばうために、そんなありもしないデタラメを言っているに決まっていると。

 西村は探偵や刑事ドラマには憧れがあるようだが、心霊やオカルトの類は一切信じていないため、それ以降は蛍の話はまともに聞いてもくれないらしい。

 村の人たちは、あの伝説のおかげで信じてくれているが、警察としてはあとは凶器とされている日本刀が発見されれば正式に逮捕状が出せるだろうと考えているようだった。


 しかし、残念ながら屋根裏部屋で見つかった男の遺体には身元が判明するようなものは一切ないのだ。

 着ていた服はこの温泉の浴衣で、下着はどこでも買える量販店のものだった。

 死亡推定時刻からも、亡くなった当時、旅館に泊まっていたまたは利用した客の中に、行方不明となっている人物も、それらしい人物もいないのだ。


 首のない馬の死体が見つかった後も、村の人たちは祟りだと言ったが、警察は殺人事件とは関係ないと突っぱねる。

 だが、今日、こうして首のみが発見されているのだから、関係がないとは言い切れないだろう。


「この事件が祟りによるもの……——だとしても、どうして二人とも身元がわからないんでしょうねぇ」


 渚はスマートフォンの画面を穴があきそうなくらいじっと見ながら、そうつぶやいた。

 もうすっかり遅い時間だし、調査は明日にしようということになったのだが、やはりそこが気になるようで、布団に入ってもずっとうーんと唸っている。


「……ナギちゃん、さっきから何をそんなに見てるの?」


 電気を消そうとしていた友野が気になって尋ねると、渚は友野に見えるように画面を向ける。


「須之部さんが撮った写真です。この首の女性には、やっぱり誰も見覚えがないみたいで……————」

「……いつの間に送ってもらったの? っていうか、寝る前に見るものじゃないから、それ」


 温泉に浮いている首の写真を見せられて、友野は呆れるしかない。

 こんな写真を、寝る前にまじまじと見る女子大生なんていないだろう。


「だって、気になるじゃないですか。蛍さんや番頭さんにも確認してもらったけど、誰も知らないんですよ。この人のこと。首無し男と違って、こっちは顔がわかってるので村の人とかなのかなーって、思うじゃないですか」

「いや、蛍さんにも見せたのかよ……。あのねぇ、みんなナギちゃんみたいに死体見て平気なわけじゃないんだから、やめなさい」

「ちぇ……」

「ちぇ、じゃぁない。もういいから、電気消すよ」

「はーい」


 渚は不満そうだったが、友野は電気を消して、自分の布団に入った。


 確かに、誰も被害者を知らないというのも奇妙な話だ。

 祟りだというのなら、村の人だとか、旅館の関係者とかが被害にあうのがミステリーやホラー映画なんかでは定番だろう。

 そこには何らかの意味とか、繋がりがあるはず。


 友野はカビくさい旅館の布団の寝心地の悪さになかなか寝付けず、目は閉じていたがそんな風に考えていた。


「…………そういえば、首のない馬は、この村の誰かが飼っていた馬なの?」

「…………」

「……ナギちゃん?」


 友野は横を向いたが、返事の代わりに寝息が聞こえてきて、やはり呆れる。


「よく寝れるな……この状況で——……」




 ▽ ▽ ▽



 首無村の駐在所に泊まり込んでいる西村刑事は、顔をしかめながらホワイトボードに友野の名前を書いた。


「怪しい……占い師だか何だか知らないけど、こういう奴が犯人だったりするんだ」


 友野を怪しいと勝手に思い込んで逮捕した後、警部に先走るなと怒られたが、西村はやっぱりあの男が怪しいと睨んでいる。

 首無しの男と馬の死体、そして、今回見つかった女の首。

 共通点といえば、この村に伝わっている伝説だ。

 だが、西村は伝説など信じてはいない。


 馬の死体が見つかったのは、正が警察に連れて行かれた後であり、今日見つかった首だって、正に犯行は無理だ。

 最初の首無しの死体だけであれば、正が所有している日本刀で切り落としたのだと言えたのに、他に二つも事件が起こってしまって、これでは正が犯人とは言えなくなってきた。


 西村がこの駐在所にいつまでも待機しているのは、まだ見つかっていない男の首と馬の首、それから、凶器とされている日本刀を見つけるためだ。

 体調の悪い正からどこに隠したのかを聞き出せるのがいつになるのかわからないため、自ら志願してここにいる。

 小さな村のどこかに、日本刀と首二つがあるはずと、自分の推理力で必ず見つけてみせると豪語したのだ。


「見つかった首は一つ。でも、女だった。女の体も、この西村が見つけてみせる! 名刑事の名にかけて!」

「……そ、そうですか」


 駐在所の若い警官は、刑事になってまだ1年も経ってない奴が何を言ってるんだと思いながら、ツッコむのをやめた。

 とにかく、この刑事はあてにならない。

 早く、もっとちゃんとした刑事が来て欲しいと願うばかりだった。


「祟りだなんてあるわけない!」


 ところが、濃い霧が発生していた夜明け前、西村は首無し男を目撃する。



「いや、そんな、まさか——……!!」


 黒い服を着た、首のない男が駐在所の前を歩いていた。

 ぽっかりと、そこにあるはずの首がない。


 駐在所のトイレの小窓からそれを目撃した西村は一気に目が覚める。

 しかし、用を足している最中で、途中で止めることができない。


「お、おい!! 誰かいないか!!」


 こんな早朝に誰も起きているはずもなく、西村は手も洗わずに急いで駐在所を飛び出した。

 その時にはもう、首無し男は霧の中に消えていた。



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