第二章 穴

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 ————誰かに見られている。


 首のない死体が見つかった屋根裏部屋を見た時、友野は蛍が車中で話していたことを思い出した。

 首のない死体が倒れていたであろう場所は酸化して黒く変色した血の跡がべったりと残っている。

 男の霊は残念ながらここには残っていなかったが……その代わり、友野は床に小さな穴が空いていることに気がついた。

 顔を近づけて穴を覗いてると、真下の部屋が見える。


「ナギちゃん、この下の部屋、蛍さんの部屋だって言ってたよね?」

「ええ、そうですけど……先生、そんなに床に顔をくっつけて何してるんですか?」


 友野は床から顔を離して渚に穴の位置を教えると、渚も友野と同じように床に空いた穴から下を覗き込んだ。


「あら……これは…………覗き穴ですね。なんと立派な……」


 電気を消してしまえば、その穴から下の光が漏れている。

 蛍が見られていると思ったのは、この覗き穴から見られていたに違いない。


「じゃぁ、首無し男さんは蛍さんをここから監視して、ストーキングしてたってことですかね?」

「そうだと思うけど……でも、いくらここが古い旅館とはいえ、そんな不審者が屋根裏部屋にいて、誰も気がつかないことなんてあるのかな? それに……ちゃんと聞いてなかったけど、首無しの死体が見つかった時の状況は? 一体誰が、どうしてここでその死体を発見したの?」


 まだまだ、何が起こっていたのか判断するには要素が少なすぎる。

 この事件を祟りと言い切ることも、ただの殺人事件であると判断することも……


「えーと、確か、最初に見つけたのは蛍さんのお母さんだそうですよ。屋根裏部屋の掃除をしようとして……首がない死体を見つけたらしいです」

「この部屋の掃除を……?」


 友野は改めて部屋の中を見たが、古くはなっているが目に見えてホコリや蜘蛛の巣などはなく、血の跡がなければ綺麗な部屋であることに気がつく。

 むしろ、友野が案内された客室より綺麗に保たれているような気が……


「なんでも、この屋根裏部屋が七年前に失踪した息子さんの部屋だったらしくて……定期的に掃除をしていたそうですよ?」



 * * *



 厨房にいた蛍に改めて事情を聞くと、やはり死体を発見した蛍の母親でこの旅館の女将である令子れいこだった。

 有段者で、なおかつ日本刀を所持しているという理由で、祖父のただしが警察に任意で連れて行かれた際、体調を崩したらしく今、令子は村外の大きな病院入院している正に付き添っているらしい。

 どうせ客の数も少ないからと、若女将である蛍が代わりに切り盛りしているのだとか。


「温泉旅館……と言いましても、泊まるお客様なんてほとんどいなくて……温泉の利用も、村の住人たちがほとんどですから————」


 今日、友野たちが泊まらなければ、あのオカルトマニアだという常連の須之部と何も知らずに泊まりにきていた鈴森ともう一組の三組しか客がいなかった。

 男湯にいた森田も、温泉だけ利用しにきた村人で、屋根裏部屋で死体が発見されてからは他の村人の利用も減っているそうだ。


「これじゃぁ、ますます経営が大変ですね……」

「————そうね、そろそろ、本当に危ないかも」


 蛍は思い出のたくさん詰まったこの旅館のいく末が心配のようだ。

 首のない死体が二体も見つかり、さらに犯人がこの旅館の経営者家族だなんて、最悪の事態だ。


「私も村の人たちにとっても、この旅館はとても大切な場所なんです。祖父が容疑をかけられて、殺人旅館だなんて噂が広まったらと思うとゾッとします。祖父が犯人だなんて、ありえないし、せめて祟りだってことさえ証明できたら、そういう類の話が好きな人が来てくれるかもしれないでしょう? 須之部さんのように他の地方からでも頻繁に来てくれる人が……」


 オカルトマニアの須之部は、首無村の伝説に興味を持っていて、頻繁にこの旅館を利用している。

 わずかではあるが、経営していくためにはそういう部類の人間でも構わないらしい。


「色々大変なんですねぇ……で、その須之部さんってどこのお部屋ですか?」

「え? 須之部さん?」


 渚が突然須之部の部屋を知りたがったので、蛍は首をかしげる。


「オカルトマニアなんですよね? 同志としては、一体どんなとっておきの情報をお持ちか気になってしまって————」

「ナギちゃん、今はそれどころじゃないから……すみません、気にしなくていいです」


 面倒なオカルトマニア二人の会話なんて、想像しただけで疲れそうだと、友野は渚を止めた。

 それに、もし渚が友野の能力について余計なことを喋ったら、ますますややこしくなりそうだと思ったのだ。


「————それより、確認したいのですが、あの天井の穴についてはご存知でしたか?」

「天井の穴……?」

「屋根裏部屋の真下、蛍さんの部屋なんですよね? 覗き穴のような小さな穴が空いてるんです……いつから空いているものなのか、気になりまして————」

「えっ!?」


 蛍は血の気の引いた真っ青な顔で厨房から勢いよく飛び出すと、階段をバタバタと上がって自分の部屋へ駆け込んだ。


「あ、穴って、一体どこに!?」


 追いかけて部屋へ入った友野と渚は驚いた。


「これは……気づかなかったのも仕方がない……」


 屋根裏部屋から覗いた時は気がつかなかったが、部屋の天井は友野が案内された客室とは違う木目になっていて、幾つもの木のふしがあるのだ。

 下からだと穴が空いているようには確かに見えない。


「そんな……それじゃぁ、やっぱり私が見た男と、あの死体は同じ人?」

「そうなりますね。でも————そうなると、首のない状態で歩いてた……って、ことですよね? 先生」


 友野はこくりと頷いた。


「あぁ、だから、余計にわからない……」


 男の首は、いつからないのか————

 そもそも屋根裏部屋で死んでいたのは、本当に人間のか————




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