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* * *
「まったく、ひどい目にあった!」
珍しく友野は怒っていた。
確かに彼はエセ占い師ではあるが、殺人犯ではない。
西村の意味不明な勘違いにより手錠をかけられ、後から鑑識と一緒にきた別の刑事のおかげでなんとか誤解は解けたものの、不機嫌で仕方がないようだ。
客室に戻ってからも、ブツブツと文句を言っては眉間に深いシワをよせている。
「あの刑事さんの話を聞いていなかったからですよ」
「だからって、俺を犯人扱いするなんて……そのせいで、窓の外にいたアレがなにかわからなかったし——……」
友野には、窓の外から何かがこちらを見ているように思えていた。
ただ残念なことに、この旅館の窓は古くガラス自体があまり透明ではない。
友野が座っていた位置からは距離もあった。
よく見ようと目を凝らしていただけなのだが、あの西村が勝手に友野を怪しんだのだ。
「先生の目で何か見えた……ってことは、やっぱり、祟りなんですかね!?」
「そこまでは……でも、不思議な点は他にもある」
「他にも?」
「あの死体……あの血の量からして、首を切られてすぐにあの温泉の中に入れられていると思うんだけど……首のそばには何もいなかった。首だけだったから————って可能性もあるけど」
いくら数々の霊や妖怪、呪いの類と遭遇している友野でも、首と体が別々である状態の死体を見たのは初めてだ。
大抵の場合、人の霊は死んでからすぐに何処かへ移動したりはしない。
自分のそばに留まるものだ。
「体の方が見つかれば、そっちの近くにいるかもしれない」
もし首の方に霊が留まっていたなら、何があったのか友野には聞く事ができるし、もし犯人がわからなくても、体の場所くらいはわかるはずだ……と、友野は考えた。
「それじゃぁ、夕食食べ終わったら蛍さんに屋根裏部屋を見せてもらいましょうか」
「屋根裏部屋……? 男性の遺体が見つかったところのこと?」
「そうですよ。首無し死体と首だけ死体ではありますけど、あっちの方は日にちも経ってるし、現場にいるかもしれないじゃないですか……首無し男さんの霊が」
渚は、天井を指差す。
「今私たちがいるこの客室の上が蛍さんの部屋らしいです。客数が少ないから、この旅館自体が実家なんですって」
「ふーん……ところで————肝心なことを聞き忘れていたんだけど……」
「なんですか?」
「この村の伝説って、何?」
◆ ◆ ◆
その男には首がない。
自分の首を探して、男はこの村に来た。
ここにある。
ここにある。
俺の首はここにある。
さぁどこだ。
どこにある。
差し出せ。
差し出せ。
俺の首。
首がないのだから、口も目も鼻もない。
けれど、そんな声が聞こえてくる。
首無しの男は同じく首のない馬に乗りやって来て、村中を歩き回り、その腰の刀で人や家畜の首を斬り、自分の首の代わりにする。
けれど、「これではない、違う」と放り投げ、また別の自分の首を探して村中を首無しの馬を連れ歩き回る。
村には首のない死体がごろごろと転がった。
斬り離された首もごろごろと転がった。
村人は男を妖怪だ怨霊だと恐れ、村長が陰陽師に首無し男の討伐を頼む。
首無し男は陰陽師が用意した別の馬の首を自分の首だと思い込み村から立ち去った。
村人は一安心したが、死体の数を見てその陰陽師は言った。
体と首の数が合わないと。
首が一つ足りないと。
首無しに首を切られて死んだものが、同じく怨霊や妖怪となってこの村に現れないように、墓に馬の頭を共に埋めなさいと。
この村に、不幸なことが起こらぬよう、首無しの妖怪に祟られないように思いを込めて念じなさいと。
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