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「————で、俺を騙してここまで連れて来たってわけね」

「人聞きが悪いですよ、先生。それに、騙してません。ほら、ちゃーんと温泉旅館でしょ?」


 確かに今、友野ともの晴太せいたが、この自称・助手である日輪ひのわなぎさに連れてこられたこの場所は、温泉旅館で間違いない。

 しかし、ものすごく古い。

 幽霊が出てもおかしくないな……というほどに。


 廊下はギシギシと音を立て、畳は日に焼けてボロボロ。

 襖も引き手が外れてもはやただの穴だし、なにより案内された客室はカビ臭い。


「確かに温泉旅館だけどね……依頼を受けているなんて聞いてないんだけど?」

「……それはまぁ、置いといて。先生、どう思います? 祟りですよ! 祟り!」

「あのねぇ……」


 今日友野は、明け方までかかって雑誌に掲載される占いの原稿を書き終えて、占いの館のソファーで寝ていた。

 それから数時間もせずに渚がいきなり現れて「たまには息抜きに温泉旅行でも行きましょう!」と無理やり用意周到に運転手付きの車に乗せられ、驚きはしたが後部座席で睡魔に負けてしまったのが間違いだったのだ。

 車内で目が覚めた時には、もう自分がどこにいるのかわからないほどの山奥だった。


 目が覚めてから到着するまでの間、この村で起こった一連の出来事を掻い摘んで説明されたが……

 帰る手段もない友野はいやいや渚が連れて来た依頼人であり、この旅館の若女将である桑島くわしまほたるという女性の依頼をしぶしぶ受けることになった。


「首無村ってだけで、不思議な匂いがぷんぷんするじゃないですか! それに、これが祟りによるものなら、蛍さんのおじいさんが犯人じゃないってことになるでしょう? このまま無実の人が犯人にされちゃうのは、かわいそうだと思うんです!」

「それは……そうなんだけど……」


 相変わらずオカルトや都市伝説好きの渚はノリノリだ。

 本当に、こういうことに関しての熱量を他に使ってくれないだろうか……と呆れながら、友野はお茶を用意してくれている蛍の方を見た。


「すみません。無理を言っているのはわかっているんです。でも、私、どうしても祖父が犯人だとは思えませんし……首無し男も目撃しているものですから……」

「ええ、まぁ、それはわかります」


 蛍の守護霊を見ても、嘘をついていないことは明らかだ。

 蛍はまだ二十代半だそうだが、着物を着ているせいかそれとも苦労した三年間の結婚生活のせいか……実年齢より老けて見える。

 てっきり自分と同じくらいか、少し上くらいと思っていた友野。

 着物の袖から時折見える左腕のやけどの痕のような痣も、なんとも痛々しく感じ、相当な苦労をしたのだろうというのが見て取れた。


「とりあえず、夕飯の時間まで少しありますから、まずは温泉につかってゆっくりしてきてください。旅館はその……ご覧の通り古いものですから、綺麗とは言えませんが……温泉はマニアの方からすると評価は高いんですよ」

「へぇ……そうなんですか」


 確かに、温泉に入れるならまぁいいか……と、昨日も占いの原稿を書き上げるのに時間がかかって肩が凝り固まってるからちょうどいいと、友野は一階にある温泉へ向かう。


「あ、待ってくださいよ! 先生!! 私も行きます!!」


 渚も友野の後を追って一階の温泉へ。

 男女で分かれた暖簾をくぐり抜け、男湯の方に入ると先客が二人いた。


「おや珍しい。兄ちゃん新顔だね」

「ど……どうも」


 一人は、森田もりたというこの村の住人らしい。

 そうしてもう一人は須之部すのべというこの旅館に連泊中の客だそうだ。

 二人とも同じくらい……五十代〜六十代くらいで、森田は恰幅が良く、須之部は長身で細身だ。


「この旅館にこんな若い客が来るなんて珍しいねぇ……」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ、そうだよ。こんな怪しい名前の村だし、それもこんなおんぼろの旅館に泊まろうなんて若者はそういない。俺みたいなオカルトマニアならまだしも……」

「お、オカルトマニア?」


 須之部の言葉に、なんだかすごく嫌な予感がしてきた。

 友野の知ってるオカルトマニアには、ろくな奴がいないのだ。


「ほら、知ってるだろ? 最近、この村で起きた、首無し死体の事件だよ。俺は村の住人がいう通り祟りのせいだと思ってるんだ。何年もこの村を取材してきて、今度こそはこの目でその姿、拝みたいと思ってるのさ」


 人が死んでいるというのに、ニヤニヤと笑う須之部。

 それに同調して、森田も笑う。


「この人結構しつこくてねぇ、村の者でも見たことがないモンを見ようと必死なんだ」

「悪かったなぁしつこくて……」

「もういっそのこと、この村に住んじまえばいのに。新しい女房でももらってさぁ」

「うるせぇ! 余計なお世話だ!」


 こちらから話しかけてもいないのに、ペラペラと自分たちのことを話し出す二人に呆れながら、一通り体を洗い終わった友野は温泉に浸かろうとした。

 しかし————


「きゃああああああああああああ!!!」


 女湯の方から、悲鳴が上がる。


「な、なんだ!?」

「先生!!! 聞こえますか!!?」

「ナギちゃん!? 一体何が……!!」


 悲鳴をあげたのは、渚ではない。

 別の客のようだ。

 何かが起きて、悲鳴をあげながら逃げ出していく足音が男湯にも聞こえていた。


「首です……」

「……首?」


 何を言っているのかわからなくて、男湯にいた三人は自分の耳を疑う。


「女の人の首が、浮いてるんです。温泉に……————」


 女湯と男湯の間にある仕切りの間から、血で赤く染まった温泉が乳白色の湯に混ざり、ゆらゆらと流れてきた————



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