馬墓の血

第一章 首無村

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 誰かに見られているという感覚は、実家に戻って来てからずっとありました。

 この村は小さな村ですから、みんな顔見知りみたいなもんです。

 私が向こうの家で暮らしていたのはたった三年です。

 その三年の間に、誰かがこの村に越して来た……なんて話も、聞いたことはありませんし、誰に見られているのか……心当たりは全くありませんでした。

 どうして見られているのか、そもそも本当に見られているのか、それとも気のせいなのか……

 母に相談しましたが、この村にそんなストーカーのようなことをするような人間はいないよと言われました。


 でも、見られているんです。

 後をつけられているような気がする日も何度かありました。

 すごく気味が悪かったんです。


 せっかく、あの地獄みたいだった生活——……あぁ、お恥ずかしい話なのですが、実は離婚したんです。

 たった三年で何を——もう少し辛抱しろって、理解のない人たちには思われていたかもしれないけど、私にはあの日々は地獄でした。

 それで、その地獄からやっと解放されて、実家に戻って来たのになんなんだって、怒りもありました。

 一体私が何をしたんだろう……

 なんでこんなに、不幸なことばかり続くんだろう……って。


 こうなったら、直接犯人に言ってやろうと思いました。

 今考えたら、とても危険な行為でしたが……どうしても許せなくて。

 言いたいことがあるなら、直接言ってくれればいいし、つきまとって欲しくもなかった……限界だったんです。


 それで、わざと人気のない道を歩きました。

 ネットで催涙スプレーとか護身用に色々買って準備して……

 もし襲って来たら、これで撃退してやろうと。


 思った通り、その日も犯人が私の後をつけて来ていました。

 私は角を曲がり、家と家の間に隠れて犯人がこちらへ曲がって来るのを待ちました。

 今日こそ、犯人の顔を拝んでやると。


 足音が近づいてきて……角を曲がって来たんです。

 こっちに来るのがわかって……

 犯人が歩いてる……

 でも……




 顔がなかったんですよ。




 体は中肉中背の……多分、男だったと思います。

 何を着ていたとか、そんなことよりも、首から上がないんです。

 さすがにそこまで鮮明には覚えていません。

 黒っぽい服だった……ぐらいしか————


 ぽっかりと、そこにあるはずの首がなくて……

 首のない男の体だけが、歩いてるんです。


 用意した催涙スプレーも意味がないです。

 だって、顔がないんですよ?

 目も鼻も口も、何もないんです。

 そんな相手に、どうもしようがないじゃないですか!


 だから私、怖くて怖くて……見つからないように隠れました。

 ずっと息を潜めて、通り過ぎるのを待ったんです。

 怖くて、怖くて……

 私、とにかく見つからないように……

 逃げなきゃって……


 村には昔から、首無しの妖怪の伝説が残ってるんです。

 伝説では、首無しの馬に首無しの男が乗っているって話ですけど……

 そのどちらかにでも出会ったら、良くないことが起こるって————

 だから首無村くびないむらなんて、不気味な名前がついているんです。


 その次の日です。

 首のない、身元不明の男の死体が見つかったのは……

 それも、私の実家の————屋根裏部屋です。

 私の部屋の真上でした。


 うちで見つかったものですから、警察は私たちを疑いました。

 私たち家族の中に、犯人がいるんじゃないかって……

 でも、そんな恐ろしいことするはずがないです。

 先ほども言いましたが、村の人は本当に全員顔見知りで、昔から互いのことを良く知ってるんです。

 だから、みんながそんなはずはないと、主張してくれました。


 それでも、警察は信じてはくれませんでした。

 死体の身元はわかりませんでしたが、状況から犯人は祖父ではないかと————

 祖父は八十を超える高齢ではありますが、足腰も丈夫ですし、何より剣道の有段者です。

 それに、先祖代々伝わる日本刀も家に保管してありますし……


 でも、あの優しい祖父がそんなことをするとは思えません。

 私も、村の人もみんなそう思っています。

 それに、祖父が警察に連れて行かれた後にも、別の死体が見つかったんです。

 今度は人間じゃなくて、馬でしたけど……

 同じように、首のない馬の死体が————


 それで村中大騒ぎなんです。

 あの伝説の通りなんじゃないかって……村に再び、災いが降りかかる……

 祟りだって————


 ですからね、先生にはそれを証明していただきたいのです。

 これが祖父や私の家族……村の誰かの仕業ではなく、によるものだってことを——————



 ◇ ◇ ◇



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