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 ◆ ◆ ◆


 とある山の奥深く。

 二匹の蛇がいた。

 白蛇と黒蛇である。


 二匹は神の使いとして、山のふもとにある村人たちからの供え物を届けるために山を降っていた。

 その途中、黒蛇は赤子の泣き声を聞く。

 声が聞こえた場所へ行ってみれば、そこには生まれて間も無く捨てられたであろう赤子がいた。


 黒蛇は白蛇にこのことを伝え、二匹は赤子を神の元へ運んだのだ。

 そして、神にこの赤子を二匹で共に育てるようにとめいを受ける。

 二匹は母のいない赤子を育てるため、人間の女の姿に化け、立派に育て上げた。


 大きく成長し、立派な武将になった赤子は、その当時鬼が出ると困っていた村の人々を助け、彼は村の英雄となる。

 神も、よくぞ立派に育て上げたとして、白蛇と黒蛇は神の使いから神へと昇格したのだ。


 二匹は崇め奉られ、武将と村の人々が協力し、それぞれ白蛇神社と黒蛇神社が建てられる。

 白蛇神社は愛と金運、黒蛇神社は正義と武運を司る。


 しかし、時が建つにつれて、白蛇神社と黒蛇神社では圧倒的な差が生じ始めてしまう。

 白蛇神社への参拝客の方が、圧倒的に多かった。

 人々は正義や武運よりも、時代の流れのせいか、己の欲のせいか……愛と金運を司る白蛇神社をより大切にし始めたのだ。


 白蛇神社は人々の手により綺麗に保たれ、老朽化すれば建て替えられ……新しくて綺麗で、より大きくて立派なものへ。

 黒蛇神社はやがて人々から忘れられ、見捨てられ、どんどん廃れて行った。


 黒蛇は悲しかった。

 自分も白蛇と一緒にあの赤子を育て、立派に育て上げたのに、いつの間にかその行いが「黒い蛇は不吉」という考えが広まり、誰かが武将を育てたのは白蛇だけだということにしてしまったのだ。


 そんな時、黒蛇神社の前に子供が座っていた。

 子供は親に殴られ、殺されかけたところを逃げて、偶然ここへ来たのである。

 子供はきちんと手を合わせ、泣きながら訴えた。


「神様、どうか……どうか、お助けください」


 なんてかわいそうな子供だと、黒蛇はその子供を助けることにした。

 子供の親を罰として絞め殺したのだ。

 子供に手をあげるなど、悪いことだと……正義を司る神として、許せることではない。


「ありがとう……ありがとうございます」


 その子供は、もちろんお礼に入れる賽銭も持っていない。

 その代わり、汚れていた境内を一生懸命掃除してくれた。

 埃を払い、雑巾で拭いて、綺麗になれと……


 黒蛇は嬉しかった。

 だからこそ、子供の願いを叶え続けた。


 それがたとえ、重すぎる罰と言われようと、悪いことは許せない。

 悪い人間は許せない。

 何度も白蛇に止められようと、黒蛇は同じことを繰り返す。


「罰を与えなければ、悪い大人、悪い人間には罰を。天罰を」


 やがて、黒蛇は自分が見える純粋な心を持つ子供を見つけては、その子供の願いを叶えるようになった。



 ◆ ◆ ◆




「邪魔をするな……私の邪魔をするな……」

「いい加減にしなさい。黒蛇……その子供から離れなさい」

「うるさい……うるさい……お前には、この苦しみがわからないのだ。人に罰を与えて何が悪い。奴らは誰かを苦しめる。他人を苦しめて、自分だけが幸せになろうとする。そんなの許せない。罰を罰を罰を罰を……」



 神同士の会話に、友野は圧倒される。

 少女には黒蛇の声は聞こえていない。

 黒蛇の悲しみが、悲しい記憶が頭に流れ込んできて、苦しくなる。

 まるで自分が不当な目にあったかのような感覚に襲われて、涙が溢れ出る。


「あ……あっ…………うぇ……はぁ……はぁ……ぅ」


 ひどい頭痛と吐き気が襲ってきて、少女は立っていられなくなった。

 その場に膝をついて座り込んだ。


「大丈夫……!?」


 友野は少女の背中をさすった。

 少女にの守護霊も、悲しそうに顔を歪めている。

 黒蛇に巻きつかれて、苦しんでいる。


「私はあなたを消したくないの。どうしてわかってくれないの? 愛する友を、私は失いたくないのに……————」


 白蛇は悲しそうにそう言うと、縦に大きく口を開き————


「え……ちょっと、待って————!」


 少女の背をさする友野もろとも、すべてゴクリと飲み込んでしまった。








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